このような事態を何とか打開したいと考えた院長は、次のような対策を講じました。

 まず、院長の思いを正確に伝える必要があるとの考えから、全職員を集めたミーティングを開催しました。強調したのは、患者さんとの信頼関係が何より大切であることや、円滑に診療や検査を受けてもらうために、職員間での連携を密にし、情報共有を的確にしていかなければならないといった点です。入職時にも説明している事柄ですが、再確認してもらうこととしました。

 また、医療機関の競争は激しくなってきており、患者さんへの対応や診療の質が下がれば経営が難しくなり、ひいては職員の皆さんに負担がかかることなど、クリニック経営の視点からも話をしました。

「給与引き下げも検討せざるを得ない」
 次に、個別面談を実施しました。勤務年数の長い看護師2人は、やはり新人看護師への不満を訴え、内視鏡関連業務が増えていることへの懸念も口にしました。これに対し院長と奥様は、新人看護師への指導により力を入れていくことを約束。内視鏡検査に関しては、診療面、経営面での重要性を説明して実施への理解を求め、新人看護師が持つ専門知識を共有してほしいと伝えた上で、パート職員の増員など、業務負担を軽減させるための方策も検討していることを伝えました。

 新人看護師に対しての面談は、思い切った内容になりました。退職の申し出を覚悟の上で、将来的に給与の引き下げも検討せざるを得ないと伝えたのです。

 こちらから提示した条件を変えることは大変申し訳ないと思うが、現在の給与は今の仕事ぶりに見合うものとは評価できない——。院長はこう切り出した上で、具体的に過去の事例を挙げて期待するレベル(現在の給与に見合うと評価できるレベル)を詳しく説明し、具体的な質問にも丁寧に答え、納得してもらえたと判断したところで、「過去の経歴から考えて、あなたであれば十分達成可能なレベルなので、今後の意識と行動に期待する」と伝えました。

今回の教訓

 このミーティングと個別面談の結果、スタッフ、特に新人看護師の行動が明らかに変わったとのことでした。2人の常勤看護師と積極的にコミュニケーションを取るようになったのです。

 面談の結果、新人看護師の働きぶりが思わしくない背景に、常勤看護師2人に対する遠慮や疎外感もあったことが判明。それまで2人で仕事を回す体制が確立していたため、その中に入っていきにくい雰囲気があったことが分かりました。

 院長が、相互にコミュニケーションを取るようお願いしたことで、新人が積極的に質問したり、経験を生かして進言するような機会も増え、仕事ぶりが改善。残り2人の常勤看護師からも積極的な働きかけが行われるようになりました。こうした常勤看護師たちの空気の変化は、他の職員にも伝わり、院長が業務負担軽減のための具体的な方策を示したこともあって、職場全体の雰囲気が徐々に改善してきました。

 業務負担の増大や人間関係の問題が原因となり、職場の雰囲気が悪化したり職員がモチベーションの低下を来すことは、比較的よく見られます。こうした局面では、トツプ自らが改めて理念や方針、改革の必要性などを分かりやすく語り、各職員の目指す方向性をそろえていくことが不可欠です。

 同時に、職員が抱いている不満や不安、要望などを的確に把握したり指導するための機会として、個別面談を実施することも効果的です。院長が想像していなかったような問題が不満や不安の背景にあることが判明するケースも少なくありません。

安易な「不利益変更」は禁物
 今回のケースで院長は、新人看護師の給与の引き下げも検討しましたが、これは重要な労働条件の不利益変更になりますので、安易な実施は禁物です。どうしても実施する必要が生じた場合は、一定の手順を踏んで慎重に対処しなければなりません。

 具体的には、本人の同意と納得が必要不可欠です。一方的な通告にならないよう、慎重に説明しなければなりませんし、引き下げまでに、ある程度の猶予期間が必要でしょう。また、実際に給与の引き下げを行う場合は、雇用契約書あるいは給与辞令を作成し、本人に同意の署名をお願いすることも必要です。

 長く安定した経営を続けていると、悪い意味での慣れを生じてきてしまうことがあります。忙しい日々の業務の中でも、それを「致し方のないこと」と放置せず、早めに対処しておくことが、優秀な職員の退職などの事態を防ぐためにも大切です。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
中宮伸二郎(社会保険労務士法人ユアサイド代表社員)●なかみや しんじろう氏。立教大法学部卒業後、社会保険労務士事務所勤務を経て2007年に社会保険労務士法人ユアサイドを設立。非正規雇用問題を得意とし、派遣元責任者講習の講師を務める。