その一件以後、Aさんが妙な行動を取るようになった。休憩時間でも常に同僚と行動しようとしてなかなか離れない。診療記録の記載のためにスタッフが受付に降りていくと、その後を追うようにして付いてくる。スタッフが院長と打ち合わせをすると、「どのような内容だったか」と聞いてくるし、業務終了後も他のスタッフがクリニックを出てくるまで待っていたりする。とにかく他のスタッフの行動が気になって仕方がないようだ。本人に悪気はないのだろうが、「何か行動を監視されているようだ」「薄気味が悪い、怖い」とスタッフたちが訴えるようになった。
患者の対応も改善せず、説明不足や言葉遣いなどが原因でトラブルが続いた。
他のスタッフが退職する恐れも
本人には、「今後トラブルが続くようだと、ここでの仕事を続けてもらうことが難しくなりますよ」と伝えた。だが本人は、「患者とはその後大きなトラブルはない」「同僚とはうまく人間関係を築いており信頼されている」と話す。自分に都合良く解釈し、責任転嫁する傾向が強いのは相変わらずだった。
その後院長と話し合ったが、「繰り返し注意しても、あまり理解できていないようだ。このまま働かせると大きなトラブルになるかもしれない」とのこと。試用期間中でもあり、話し合いにより円満退職していただくしかないという結論になった。患者とのトラブルの内容は、解雇事由になるほどではないと判断した。辛い決断となったが、このままでは患者が減りかねず、他のスタッフが退職する可能性もある以上、やむを得なかった。
ただ、本人が自分に非がないと思っているため、退職までには相当苦労することが予測された。よって、金銭面の対応も含め院長とあらかじめ検討した上で、本人との話し合いの場を設けた。
患者対応について「改善されない」と指摘したところ、言い訳を繰り返すので、「このままでは業務を続けさせることができない」と口火を切った。患者からの苦情内容も伝えた。その上で、他のスタッフから信頼がないことを伝えると「そんなことはないはずです。信頼されている」と言い切った。
「辞めてほしいということですか?」
一通り状況説明が終わった後「試用期間中でもあるし、このような状況では当院で仕事を続けていくのは難しい」と通告した。驚いたような顔をして「それは辞めてほしいということですか?」と聞き返すので、「仕事を続けるのは難しいということです」と繰り返し答えると、顔つきが厳しくなって「辞めたくありません」と言う。予想通りの展開となった。
こちらも、ここまで話をして引くわけにはいかない。再度患者からの苦情内容を説明、「あなたが逆の立場ならどうしますか?」「職場が合わないということもある。試用期間というのは職場との相性を確認できる期間でもある。お互いにうまくいかないのであれば次のステップに進んだ方が賢明ではないか」と話した。
それでもなお、Aさんは「今辞めても、すぐに仕事は見つからない」などと渋った。この発言を聞いて筆者は、「仕事を決めるのにどのくらい時間が必要ですか?」と振ってみた。すると、「2カ月くらい」という。ここが落としどころだと考え、「それなら、退職金として2カ月分出してもらうように院長に話します」と答えると、顔つきが柔らかくなった。少し考えて「分かりました。2カ月分あれば」と了承した。話し合いが始まってから、既に1時間半が経過していた。