本来、このようなケースで2カ月分もの退職金を支払うことはないが、本人が自分の非を認めていない状況の中では、退職を巡ってさらなるトラブルを生まないよう、慎重に解決する必要があった。退職日に関しては、本人は1カ月後の退職を望んでいたが、勤務日数が長くなるほど患者、同僚とのトラブルの件数も増えると見込まれる状況で1カ月は長すぎる。結局、本人の希望よりは短い期間で退職するということで話がついた。話し合いには計2時間半を要した。

 がっくり肩を落として出ていく姿に気の毒さも感じたが、当時の状況を考えるとやむを得ない選択だった。後日、保険証などの受け渡しをするタイミングで、外で食事でもしながら話をしようという約束をした。筆者とAさんだけの「送別会」となった。

今回の教訓

 今回の事例では、院長の面接の際には、特に問題が感じられなかったとのことだ。ただ、履歴書には複数の病院や診療所での勤務経験があることが記されていたという。その時点で「なぜそれだけ職場を替えているのか」「理学療法士の給与水準がひと頃より下がっている今、なぜ、それほどの実績のある人の再就職が決まっていないのか」と疑ってみることも必要だったのもかもしれない。

 リハビリスタッフなどの医療専門職を採用する場合、人材紹介会社経由で雇用するケースもあるが、注意点は一般公募する場合と同様だ。紹介会社の営業担当者の中には、良いことしか言わない人もいるし、そもそも過去の仕事や本人の性格・能力などを把握できておらず、とにかく成立することだけを考えている担当者も少なくないという印象だ。「紹介会社がきちんと見ているはずだから」と期待しすぎず、冷静に判断することが求められる。

 また、問題のある職員に辞めてもらうことはどうしてもためらいがちだが、患者にも同僚にも負の影響を与えているケースでは、問題から逃避せず真剣に検討せざるを得ない。退職に伴うトラブルを防ぐためには、試用期間をうまく使いたい。指導の記録をきちんと残し、本人が納得できるように説明することも欠かせない。さらに、今回のケースのように退職に向けた話し合いが長丁場になったり、退職金などの金銭面が落としどころになることもあるので、事前によく準備しておいた上で臨機応変に対応することが肝要だ。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
原田宗記(株式会社宗和メディカルオフィス代表取締役)●はらだ むねのり氏。1957年生まれ。医療法人の事務長、部長を経て1996年、宗和メディカルオフィス設立。医療機関や介護施設の開業、運営コンサルティングのほか、診療所の事務長代行業務を手掛ける。医療法人役員として医業経営にもかかわる。