今回の教訓

 その後職員たちは、研修会や院外の勉強会の開催案内を情報収集したり、業務に影響が出ないようにスケジュールを調整したりして、それぞれが希望する知識を身に付ける機会を得られるようになった。各自が得てきた情報を院内にフィードバックしてクリニック全体で共有し、様々な改善や工夫のアイデアを出し合う積極性が見られるようになり、職員全員の意欲とレベルアップが実感できる状況となった。

 周囲の業務の精度が向上したことによって、Aの優秀さは相対的にそう高いものと感じられなくなり、クリニックとしては高いレベルで標準化されるというプラスの結果を手に入れることができたのである。周囲に対するAの不遜な発言も見られなくなった。

 今回の事例は、優秀な人材を入職させたことをきっかけに生じたトラブルではあるが、背景として、院長が業務改善の推進をAのスキルに頼ってしまったことが影響したといえる。また、A自身も院長の期待を感じて、少なからず「自分は特別」と思い込んでしまった側面もあるだろう。

 結果として、A以外の職員は「院長が1人を特別扱いしている」として不満を訴えたわけだが、クリニック全体がレベルアップするためには、誰か1人の力に依存するのではなく、個々の職員がそれぞれ意欲を持ち力を発揮する方が、はるかに効果がある。

 そのため、知識や情報を習得する機会を、どの職員も公平に得られる環境を作らなければならない。リーダー職員に担わせるのは現場のマネジメントであって、環境整備はあくまで組織の管理者としての院長の役割だといえる。また、毎日の診療や医療サービスを円滑かつ安全に提供するためには、職員間の不満が感情的な対立に結び付くことのないような配慮や、中長期的視点で自院の成長を図る取り組みを考える姿勢も重要になるだろう。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。