MR時代から薬局を25店舗経営するようになった今日まで、激怒する医師にひたすら謝り続けてきたボクだが、激怒した医師との関係がそのことで終わった経験は不思議とない。いや、怒鳴る医師ほど、ボクをかわいがってくれた。
患者やスタッフには、そうそう怒鳴れないから、その意味で医師は“はけ口のない労働者”だと思う。だから、ボクを相手に爆発させていたに違いない。そんなボクが、後にも先にもこれ以上はないと思うほど怒られた話をしよう。
ときは1999年。マンツーマン分業先のM先生がケータイに電話を掛けてきた。電話に出た途端、「お前のところの薬剤師は、患者を殺す気かぁっっ!!!」と怒声が響いた。
「あー、うちの薬剤師がまた何かやっちゃったんだな」。嫌な汗が背中をつたうのを感じながらも、「どうしたんですか、先生。大きな声でびっくりしますよ」と冷静を装う。あえてのんびり構えることで、多くの場合、勢い込んでいた相手はトーンダウンするものだが、M先生の怒りはヒートアップするばかり。電話ではらちが明かないので、クリニックにすっ飛んで行った。
呼吸器専門医のM先生は、喘息に関してはかなり有名で、遠方からも喘息患者がクリニックを訪れる。問題となったのは、妊婦の喘息患者への処方。昔からクリニックに通っている患者で、M先生との信頼関係が十分にあり、リスクも伝えた上で処方したのだという。先生自身も悩んだ上での決断だったようだ。
その処方に対し、うちの薬剤師Kが「この薬は妊婦には使えない」と電話してきたというのだ。M先生は「それは分かっているが、今、喘息発作を起こしたら、患者も胎児も危ない状況になりかねないから処方したのだ」と説明したが、薬剤師Kは「でも、添付文書にそう書いてありますから」と言ったらしい。あのM先生に、それを言い放つのはとんでもない勇気だと思うが、それは烈火に油を注ぐことになった。患者の目の前で電話をしてきたことも、先生の怒りをさらにあおったようだ。
結局、処方通りに薬を交付したものの、薬剤師Kは「医師の処方のリスクを回避するために薬剤師がいるんじゃないですか。添付文書にある注意を医師に伝えてはいけないのですか」と納得できない様子だった。
ボクは、薬剤師の大きな役割の1つは医師の処方に警告を発することだと思っている。疑義があるならば、医師がどんなに気難しい人であろうが、怒鳴られようが、疑義が晴れるまで引くべきではない。毅然として(?)医師に意見を述べた薬剤師Kは実に立派だと思う。
ただ、疑義の根拠が「添付文書に書いてある」だけというのは、いただけない。薬剤師は医師と異なる視点で見ることが大事だとよく言われるが、「異なる視点=添付文書」では決してないはず。そこには患者がいない。患者不在の仕事は、医療じゃない。患者の状態や様子を知った上で、それでもやはり添付文書の記載が気になるのであれば、そう伝えるべきだ。
「患者さんの状態から考えると必要かもしれませんが、でも薬学的見地からは添付文書の通り、危険だと思います」と言ってほしいのだ。
今、同じトラブルが起こったら、ボクはこういうだろう。「それは、対物業務であって、対人業務じゃないよ、Kくん」。今も昔も、医療人になれない薬剤師と、はけ口のない医師に挟まれて、社長はツラいのだ。(長作屋)