実際、退職時にこうしたケースで労働基準監督署に駆け込まれ、時間外労働の賃金の支払いを余儀なくされた医療機関は少なくない。「今まで仕事を教えたりしていたのに、恩を仇で返すのか」と怒り心頭に発する経営者もいるようだが、労働基準法は、労働者保護を前提に成立している法律であるため、職員の言い分がまずは尊重される。実際に、その時間帯に仕事を命じていないのであれば、命じていないことをどのように立証するのかという問題も生じ、事業主側の主張を通すことは容易ではない。

自主的な仕事の「黙認」にも要注意
 また、労働時間の取り扱いについては、職員が勝手に業務を行うことを黙認している場合にも「黙示の業務命令」があったものとみなされることがある(大林ファシリティーズ事件、最高裁2007年10月19日判決)ので、注意が必要だ。よって、早朝に何らかの仕事をしていることを黙認しているようであれば、労働時間として扱わなければならないケースもある。

 そうなると、そもそも勝手に早く出勤できないようなルールに切り替え、想定外の時間外労働の賃金の請求リスクを避けるというやり方が考えられるが、交通事情などを考えると、経営者としては、早く出勤したいという職員の気持ちをくんであげたい部分もあるだろう。

 その場合には、タイムカードを本人の手で修正してもらったり、早めに出勤する旨の申請書を事前に提出してもらうとよいであろう。タイムカードの修正を本人の手で行うのは、本人が認めた上で修正をしてもらったという記録になるためであり、経営者が勝手に書き換えることはしない方がよい。そして、早朝出勤の際に仕事をしているのであれば、本当に仕事をしなければならない状況であるのかを確認して、業務の与え方を見直す必要がある。

 なお、あまり出勤時のルールを厳格化すると、今度は勤務開始時間ギリギリに出勤をされて困るという逆の問題が生じる可能性もある。これでは、職場の規律が乱れたり、ケースによっては患者を必要以上に待たせてしまうことにもなりかねない。そのため、就業規則には「職員は、就業時間前に出勤して始業時間に業務が開始できるように準備をしなければならない」といったような記載を加え、ルールを周知しておくとよいだろう。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。