A診療所で新たに中途採用した事務職員B子。これまでアルバイトを少ししただけの経歴であったものの、将来のことを考えてしっかりと働きたいとの意欲があったため、院長が採用を決めた。入職から数日間、先輩に仕事を教わる姿勢は素直に見え、院長はひとまず安心した。
ところが、その後突然出勤してこなくなった。本人からは何も連絡がなく、院長や職員が連絡しても、電話に出ることもない。その後も全くコンタクトが取れない状態が続き、このまま退職するのであろうと退職(解雇)の手続きを始めようとしたところ、数カ月後に本人から院長宛ての手紙が届いた。
「出勤できなくなった事情やお詫びの言葉が書かれているのでは」。そんな思いで封を切った院長だったが、中に入っていたのは本人の預金口座を記したメモ用紙のみ。数日間働いた分の給与をこの口座に振り込んでほしいという一文が添えられていた。
「自分で勝手に出勤しなくなって、こんな紙一枚の連絡で給与を支払えとは何事だ! 顔を出して謝りに来るのが筋だろう」と激怒した院長は、B子の請求を無視し続けた。だが、事情を知った社会保険労務士から、対応の問題点を指摘されることになった。
何の連絡もなく突然、無断欠勤をする職員がいて困る——。そんな悩みを抱える院長は少なくない。面接時には非常に意欲的だったのに、実際に働いてみると「仕事の内容や職場の雰囲気が想像していたものと違う」と感じるのか、突然欠勤するようになる。
周りの職員を中心に、何があったのかと心配して連絡をするものの電話に出ることもなく留守番電話に切り替わってしまうため、何度もメッセージを残すことになるが、折り返し連絡が入ることもない。こうしたパターンに陥るのは、多くの場合独り暮らしの職員だ。
このまま在籍させていても社会保険料の支払いが無駄になってしまうということで、早々に退職(解雇)として扱い、その手続きを進めるという光景は、実に多くの医療機関で見られる。その後も連絡が一切取れないことが多く、退職手続きを進めたとしても、ロッカーの鍵や制服の返却などの問題を除けば、実務上、支障が生じることはあまりない。
退職手続きの問題点
ところが給与の支払いの段階になって、院長の怒りが収まらず、支払わずに無視をしているという運用が残念ながら散見される。今回のケースのように無断欠勤を続けた揚げ句、電話や文書で数日分の給与を振り込んでくれと一方的に伝えてくるような場合、「人を散々心配させた上で、振り込んでくれというのはあり得ないだろう」と怒り心頭に発するのは分からないでもないが、幾つか注意をしなければならない点がある。
まず、無断欠勤をしてそのまま出勤しなくなったことに対し、解雇として扱い、退職手続きをすること自体は難しくない。そのため、今回のように入職から間もない職員の無断欠勤が続くと、本人の意思が明確に分からず、月末日に在籍している状態であるよりも、月末日の前日に退職処理をした方が1カ月分の社会保険料が無駄にならないとして、本人の意思とは関係なく退職手続き日を決めて処理をしてしまうケースがある。つまり、本人都合というよりも、事業主都合を優先させて処理をしてしまうというわけだ。勤続年数の長い職員が無断欠勤をして出勤しなくなった際に、退職金を支払うことがないように勝手に処理をするパターンもある。