Illustration:ソリマチアキラ

 今秋、京都で開催された学会に社員の薬剤師たちを連れて参加した。

 学会といえば、ボクは“黄金のプロパー時代”を思い出す。あの頃の学会発表は、製薬企業のプロパー(営業担当者)がいなければ成り立たなかったのではないだろうか。今のように利益相反(COI)が問われなかった時代の話である。

 学会発表は予演会、本番、報告会が3点セットだった。予演会とは、簡単に言うと医局内でのリハーサルだ。が、そんな生易しいものではない。諸先輩を前に、若い医師が本番さながらにプレゼンするのだが、それに対して「ロジックがおかしい」「統計手法が間違っていないか」などと厳しい指摘があちこちから飛ぶ。誤字脱字があろうものならコテンパンにやっつけられる。

 パソコンもデジカメもない時代だったから、スライドのちょっとした修正も専門業者に頼まざるを得ず、そんなときはボクが業者と医局を一晩で何往復もして、なんとか間に合わせた。

 当日は会場に駆け付けて発表を聞く。ボクが好きなのは、発表後の質疑応答タイム。別の医局の先生が異議を唱えたり、意地悪な質問をしたりして、しばしばバトルが繰り広げられる。若い医師がしどろもどろになったその時、彼の教授が「ご質問ありがとうございます、共同研究者の〇〇です」と颯爽と登場する。聴衆は「教授のことは皆知ってるよ」と思いながらも教授がどう返答するか、興味津々で耳を傾ける。そして教授はカッコ良くその場を収めるのだった。

 学会が終わると報告会と慰労会が待っている。慰労会の会計は教授のポケットマネーに拠る所が大きかった。

 そんなボクが社員を連れて学会に参加するのだ。すっかり憧れの教授気分だったが、社員はちっとも分かってない。第一、予演会が行われなかった。「社長、みんな店舗が忙しくて、それどころじゃないです。発表するだけでも評価すべきです」と、エリアマネジャーがキッパリ。ちょっと物足りないが仕方ない。

 当日はドキドキしながら会場に向かった。手前味噌だが、社員たちは立派に発表していた。「予演会もせずに、よくこんなに話せるもんだ」と感心している間に発表は終わり、会場から質問の手が挙がった。颯爽とマイクの前に立ち、「共同研究者の…」と答えるのを夢見ていたボクだが、十分に内容が把握できていないために援護射撃ができず……。本人が何とか凌ぐのを、ハラハラしながら見守ることしかできなかった。

 せめて慰労会でカッコいいところを見せようと、昔よく接待で使っていた料亭に社員たちを連れて行った。懐かしいその店は当時と変わらず、格調高い店構えだ。が、若い社員たちはそんなことは気にも止めず、食欲に任せて居酒屋のように注文していく。「おいおい、そういう店じゃないぞ」と会計にヒヤヒヤしながらも、そんなことはおくびにも出さず、平静を装う。そして、時間を見計らって会計をしようと金額を見たボクは、あまりの値段に腰が砕けそうになった。

 た、たかい……。しかし、社員たちから会費を集めるわけにもいかず、やはり平静を装って黒いクレジットカードを差し出した。すると、女将はカードの色には目もくれず、「うちはカードでのお支払いはご遠慮いただいてますのんえ」という一言……。失礼しました〜! 青冷めながら、コンビニのATMまで走るボク。あ〜、社長はつらい。(長作屋)