Illustration:ソリマチアキラ

 薬局を25軒持つと、年末年始は各店舗や医療機関の忘年会・新年会に呼ばれて大忙しだ。義理堅いボクは、どの宴会も断ることはしない。“秘薬”で肝臓を励まし、宴会をハシゴする。

 毎年欠かさず忘年会の声が掛かっていたA病院から、12月に入ってもお誘いがない。あの宴会好きの院長が忘年会をしないなんて、何かあったのかと心配になり、恐る恐る電話を掛けたところ、院長はご機嫌で「ちょうどよかった、話があるので来てくれ」と明るく言った。

 A病院は大阪から少し離れた奈良の田舎町にあり、車で片道2時間ほど掛かる。年末の忙しい時期だが、院長に呼ばれたら出向かないわけにいかない。電話の様子から、「温泉でカニ食べよう」とか「ゴルフに行こう」といった話だろうと予想しながら、奈良へ向かった。

 院長室のドアをノックして中に入ると、そこには院長と、見慣れないスーツ姿の男がいた。「むむ、誰だコイツは!?」。

 名刺を交換すると、男はドラッグストアのなんちゃら営業部の部長。なんと、うちの薬局を取り壊して、病院の敷地を含めた土地に大型ドラッグストアを建てたいという。

 一気に警戒モードMAXになったボクに、院長は「まあ座りぃな」とソファーを勧め、おもむろに、そしてにこやかに「もうええやろ、十分稼いだやろ」と切り出した。

 「えっ?」と驚くボクに、「この人に薬局を譲ってやってほしいんや」と院長。どうやら院長は、門前に大型ドラッグストアができれば、集患はもちろんのこと、院内の不採算の売店を閉められると吹き込まれたらしい。

 めまいを覚えながらも、まずは一拍おいてと自分に言い聞かせ、息をゆっくりと吸った。そして「院長、何を言っとるんですか。ここまで一緒にやってきたのは一体何だったんですか」と、これまでの2人の歴史をまくし立てた。ボクの剣幕に、なんちゃら営業部長は顔を引きつらせていたが、知ったこっちゃない。

 「絶対に撤退しません。うちの薬剤師をかかりつけに選んでくれている患者さんがいてはるんですよ、その患者さんはどないするんですかっ!」と正論まで吐いた。

 思い返せば、うちの薬局がある土地には昔、高齢の薬剤師が1人でやっている古い薬局があった。今の院長が先代から病院を継承する際、その薬局に交渉して、ボクの薬局にバトンタッチしてくれた(させられた?)のだ。「因果応報」という言葉が頭に浮かんだ。あの高齢薬剤師も、今のボクと同じ思いだったのかもしれない。

 でも当時、院長は「勉強している薬剤師がいる薬局に処方箋を応需してもらいたい」と話していた。「そうでないと患者さんがかわいそうやんか」と。どう考えても、うちの薬剤師はそのドラッグストアの薬剤師よりも勉強しているだろうし、経験も積んでいる。

 「意地でも居座ってやるっ!!」と心に決めて帰ってきたものの、家族ぐるみの付き合いをしてきた院長の“浮気”を知ったボクは、憂鬱な年末年始を過ごすこととなった。

 後日、周辺の人に聞いた話によると、なんちゃら営業部長は相当なグルメで、しかもゴルフの腕はプロ並みらしい。ちなみに院長はおいしい酒とゴルフが大好きだ。最近、一緒に飲んだりゴルフに行く機会が減っていたのがよくなかったのだろうか。

 いつも年始には処方元に挨拶して回っているので、当然ながら院長のところにも顔を出さざるを得ない。新年早々、社長はつらい。(長作屋)