Illustration:ソリマチアキラ

 今春は何と、ベースアップを考えている。立派な会社だ!まるで高度成長期の大企業のようだ!と、つぶやくボクに、30代の課長がのんきに聞く。「ベースアップって、昇給と何が違うんですかぁ〜?」。椅子から転げ落ちそうになった。

 もしかして知らない読者のために書くと、昇給は年齢や勤続年数などによって給料が上がること、ベースアップは社員一律に基本給を上げること。基本給を上げると固定費が増えるから、経営者としてはなるべく抑えたいものなのだ。それなのに、この厳しい環境の中、ボクは会社創立以来、初のベースアップを敢行しようとしている。

 薬局経営者にとって今一番の悩みは薬剤師不足である。優秀な人材が採れないというレベルではなく、十分な数はおろか、ここ数年はギリギリの数すら集まらず、中小薬局チェーンは新規出店できないのが現実だ。我が社も例外ではない。毎年多額のリクルート費用を使って、薬学生に当社の魅力を伝えようと奮闘している。

 ボクは薬剤師じゃないけれど、薬剤師には地域の中で医療者として活躍してほしいと真剣に思っている。だから在宅医療を実践するための仕組みづくりや、臨床薬剤師として活躍するための知識と技術に関する教育は、会社が担うべきと考え、昔から取り組んできた。

 そしてリクルート活動でも、いち早く在宅に取り組んできたことや、充実した教育体制を敷いていることを前面に押し出してきた。この作戦が奏功してか、少し前から新人がそこそこ採れるようになってきたのも束の間、明らかに潮目が変わった。「在宅やしっかり勉強ができる会社」を求める学生は急激に減り、代わりに多くの学生の口から出るのは「ワークライフバランス」という言葉だ。

 ボクが製薬会社のMRだった頃のような、ライフのためのワークの時代はとうに過ぎ去り、イマドキの若者のワークライフバランスとは、ワークとライフは完全に切り離されたものでなければならず、どちらかというとライフが先で、「ライフ&ワークバランス」だと思う。

 そんな若者たちの会社選びには有休消化率がモノをいうらしい。「どのくらい有給が取れますか」と、これまた平気な顔で聞いてくる学生に、数の力がある大手は強い。我が社だって、比較的余裕のある人員配置だと思うが、有給消化率100%というわけにはいかない。ならばベースアップでアピールを、と考えたのだが、30代の課長連中は「今の子たちは金より休みですよ」と口をそろえて言う。そんなことは分かっている!!

 一方で、社内で在宅をやっている連中は、「休みがなかなか取れない」と嘆きつつも、少ない休みの日に学会に行ったり、地域連携の会に参加したりと、妙にやりがいを持って頑張ってくれている。せめてボクが今できることといえば給与アップしかない。「『みんなが頑張ってくれているから、今年はベースアップだ!』とカッコ良く伝えようぜ」とつぶやいたら、50代の経理部長が「社長、そんな余裕ないですよ!」とキッパリ。

 そうなのだ、確かにそうなのである。2016年度調剤報酬改定の“余波”から、やっと少しずつ数字が上向いてきたものの、来年の医療・介護のダブル改定を思えば余裕はないのは明らかだ。なけなしの利益を注ぐ決心をしかけていたのに、あ〜、どうしよう(涙)。社長はつらいよ。(長作屋)