Illustration:ソリマチアキラ

 ある日の昼休み、社員たちが1台のパソコンに群がってワイワイ騒いでいた。「しゃぶしゃぶがいい」「いや、僕はすき焼きだな」「てっちり、カニすきも捨てがたい」と楽しそうな声が聞こえてくる。歓送迎会の相談かと思ったが、声を掛けるのはためらわれた。

 ボクが若い社員たちに声を掛けると、途端に空気が緊張する(ように感じる)ので、最近は社員が楽しそうにしているところには努めて近寄らないようにしている。社長とは、なんとも寂しい職業なのだ…(涙)。

 しかし、それが何日も続き、ボクはたまらなくなって、とうとう「何やってるの?」と聞いてみた。すると「社長、ふるさと納税ですよ」と言う。言葉は耳にしたことはあったが詳しく知らなかったボクは、「ふーん」とその場を濁し、急いで社長室のパソコンのキーボードを叩いた。

 ふむふむ。ふるさと納税とは、自分が応援したい自治体(市区町村)へ寄付をする制度なのか。ほぼ寄付額の所得税の還付や個人住民税の控除が受けられるのみならず、なんと寄付をした自治体から額に応じて“お礼”が届くらしい。そして、その“お礼”は自治体によってかなり差があるようだ。

 収入などによって寄付の上限額(控除上限額)が決まっており、通常のサラリーマンより少しだけ高給であるボクの年収からすると、どうやら30万〜50万円程度はふるさと納税ができそうだ。例えば、ボクが支払うべき所得税のうち1万円を、熊本地震で被災したA村に寄付するとする。A村では“お礼”として、1万円の寄付に対して「A村特産の牛肉すき焼きセット500g」などを送ってくれる。魅力的な“お礼”を提示している自治体に寄付をしたくなるのは人情だ。サイトには人気ランキングも載っており、幾ら見ていても飽きない。なるほど、社員たちが騒ぐわけだ。

 こうして、すっかりふるさと納税の虜となったボクは、我が家の週末の食材になるような“お礼”を続々と頼んだ。高級和牛肉などが食卓に上るようになり、最初は家族も喜んでくれて、それなりにテンションが上がった。しかし2カ月ほど続けると、慣れてしまったのか、誰も喜ばない。揚げ句の果てには「またぁ?」と妻に言われ、なんだか切なくなった。そこでボクは考えた。そしてひらめいた。「そうだ ! 頑張っている社員に、ボクからの気持ちとして、肉やカニを送ろう」。あんなに騒いでいたんだから、それが社長から贈られたら喜んでくれるに違いない。1人くらいは感激して「私、社長に一生ついていきます !」なんて言ってくれるかもしれない。あいつは新婚だから高級肉。こいつは育ち盛りの子どもがいるからランクを少し落として量の多い肉、あの子には……、なんて社員一人ひとりの顔を思い浮かべながらサイトを見るのが楽しくて仕方がなかった。

 ところが、である。2週間がたち、3週間が過ぎても、誰一人として何も言ってこない。まだ届いていないのかなと思い、気の許せる社員に恐る恐る聞いてみた。「あれ、届いた?」。

 「あ〜、あれって社長からだったんですね、言ってくださいよ!」と一言。そう、自宅宛に申し込んだときには気付かなかったが、送り主は自治体名しか記載されていないので、誰が寄付したのか分からないのだった。ボクが贈ったように見せたかったのに…。ちょっぴり寂しい気持ちになったけど、みんな喜んでくれたようだから、まぁいいか。(長作屋)