Aは勤務期間が5年余り、明るくハキハキとした受け答えをするので、患者からも周囲のスタッフからも良い印象を持ってもらっていると院長は考えていた。

 しかし、今回の問題を機に、他のスタッフに気付いたことを尋ねてみると、派遣スタッフに対して業務指示や指導を行っている際に、「思ったよりレベル低いね」「今度来てくれる人には期待していたんだけど」「その仕事、いつまでかかるの?」「もうこっちでやるので、やらなくていいよ」など、仕事に対するモチベーションを低下させるNGワードを並べていることが判明。さらに困ったことには、A本人はあくまで日常の会話ととらえていて、自分の言動が相手を傷付けているという自覚がないように思われるとのことだった。

 当然のことながら、派遣スタッフはスキルを活かして働く形態であり、周囲もこれらの言葉は良くないと感じていたのだが、直接強い言葉を投げかけられた派遣スタッフは気分が落ち込み、仕事への意欲を失っていくのが目に見えて分かったという。

 こうした会話が頻繁に続けられているうちに、モチベーションの低下から遅刻や欠勤が見られるようになり、やがてスタッフ側から派遣先を代えてほしいと申し出てくる——。これまで派遣スタッフが交代を繰り返してきたのは、こうしたパターンによるものと推測された。

 また高齢の患者からは、「怒られているみたいで怖い」「説明が分からなかったのでもう一度質問すると『まだ分からないの?』と言われた」などの不満が寄せられていたことも、看護師からのヒアリングで判明した。

今回の教訓

 全てがAの言動を原因とする職員トラブルではないかもしれないが、院長は、患者からも苦情があったことを踏まえると何らかの対策を取る必要があると考えた。熟慮した上で決定したのが、2段階でAの気付きや改善を促すという方法である。第1段階として、派遣スタッフも含めた職員全員を対象として患者、職員間のマナーに関する研修を実施する。次に第2段階として、全員と個別面談を行い、研修の感想や成果をヒアリングする。

 マナー研修については一般に、接遇など患者や家族への応対スキルの習得を重視するケースが多い。ただ実際には、診療や会計を待っている患者や家族は、院内のスタッフの間で交わされる会話や言動をよく見ており、これらが医療機関全体の印象にも影響することが知られている。そうした考えから、患者や家族だけでなく職員間のマナーを見直す契機にしようということで、研修を実施することとした。

 Aにストレートにトラブルの現実を伝えるのではなく、マナー研修後の振り返りという一見回りくどい形を取ったのは、「職員同士の会話や言動を患者がよく見ている」という実情を知ってもらうことが、本人の自発的な反省や気づきを促す上で効果的だと考えたからだ。また、Aだけでなく職員全員を対象に面談を行ったのは、リーダーであるAのプライドへの配慮からだった。A本人のみに面談を行うと、大事な戦力である事務リーダーのモチベーションの低下や退職につながる可能性があると院長は考えた。