マナー講師を外部から招いた研修の終了後、院長は順に院内スタッフたちとの面談を進め、いよいよAへの面談の順番となった。マナー研修の感想と自身の気付きについて院長が尋ねたところ、Aは「職場ではプライベートと区別した会話が必要だと感じた」と語り、「患者さんにも同僚にも、まず挨拶をしっかりするよう気を付ける」と述べた。

 Aとしては、職場の仲間でもあるし、親しい間柄になる者と考えて、友人と同じようなつもりで接していたという。しかし、派遣スタッフということで、自分のほうが上の立場のように感じて、高圧的な物言いをしていたかもしれないとの反省の言葉もあった。

 さらにAは、挨拶は相手を認める気持ちの表れであり、患者や家族から見られているという意識を持つことで、同僚とのあいさつや会話の内容、言葉遣いにも注意したいという意向を示した。そこで院長は初めて、Aの言動に不愉快な思いをしたスタッフがいたことをやんわりと告げ、Aのスキルやリーダーとしての責任と成果を認めているが、「派遣スタッフも当院の重要なメンバーであり、それぞれが果たせる役割は少しずつ違うけれども、お互いに認め合って頑張ろう」と諭した。この話に、Aも納得したようであった。

 リーダーとしての役割を理解したAは、派遣スタッフを励ましながら業務指示や指導を行うようになった。その後に受け入れた派遣スタッフは契約期間を全うし、新たなスタッフの入職を迎えている。

 実は院長は当初、Aに対し、問題ある言動を改めるようストレートに告げて指導する方法も考えていた。だが、研修を実施してから面談を行うという2つの段階を踏むことで、Aは自ら考え、同じ職場で共に働く仲間への敬意と、患者・家族から見られているという意識を抱くようになった。問題行動の是正だけでなく、職員の成長も期待できる状況となり、院長は組織風土をより良いものにしていくために有効な手段だったと思っている。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。