後日、個人面談を実施。「院長が業務を覚えてもらうようにお願いしていますが、何か不満はありますか?」と聞くと、「私はパートなので発注や在庫チェックなど責任がある業務はやれないと思うのですが」とのこと。パートは責任を負う仕事はしないものという意識が強く、そのような仕事はやりたくないと思っていることが分かった。

 職員にどこまで任せるかは診療所によって異なるが、小規模な診療所では常勤・パートとも、その職種の一通りの仕事をできるようにしておかないと、スタッフが急に休みを取った場合などに業務が回らなくなることもある。それに、そもそも全て業務は何らかの責任を伴うものだ。

 そこで、業務の担当を決めるのは職員ではなく、あくまで院長であることや、事務全員でお互いにフォローしあうことの大切さなどを伝えた。結局本人は、院長から指示された業務に従事するようになったが、不承不承始めたことなので身が入らなかったようだ。しばらくして、自ら辞表を出して退職していった。

今回の教訓

 診療所では一般に、パートスタッフの採用が不可欠だ。前述のように、常勤者が休んだときや繁忙期にも柔軟にサポートしてくれる欠かせぬ存在である。法定福利費などが年々上昇していることもあり、パートを中心に勤務体制を組み、経費節約を考える診療所も増えている。

 医療機関、特に診療所における事務スタッフの雇用事情は、景気動向や派遣・人材紹介会社の増加によって変化している。最近は、他業種に人材が流れていくことで、ハローワークや新聞の折り込み広告を利用しても応募者が集まらないことが少なくない。

 しかも、応募者の中でも、未経験者や医療機関の経験が浅い人が増えている上、様々な条件をつける人が多くなった印象がある。「縛り」の内容は、勤務時間に関するものや、今回のケースのような業務内容に関することなど様々だ。

採用時の説明がポイントに
 もちろん本人の要望は聞かなければならないが、あまり縛りが多くなると運営にひずみが生じる。人手不足の中、条件をのんで採用しなければならないこともあり、管理者はスタッフのやり繰りに苦労することも少なくない。

 今回紹介したケースでは、雇用契約書に業務内容を「受付、会計、医療事務、院内・トイレ清掃および院長の指示する業務」と記していたが、「院長の指示する業務」に関して院長と職員の認識にギャップが生じていた。

 こうしたトラブルを防ぐため、雇用契約書にもう少し具体的に業務内容を記述するというのは1つの方法だろう。実際、人材派遣会社では、派遣スタッフが担う仕事を規約に細かく記載してあることが少なくない。「そんな仕事をさせられるとは思わなかった」というクレームを防ぐための措置だそうだ。

 ただ、小規模な診療所の事務職であっても、業務内容は多岐にわたる。一つひとつを事細かに列挙するのは難しいケースも多く、網羅性を追求することには限界がある。そのため、雇用契約書の業務内容の記載はシンプルであっても、採用面接時にしっかり説明することを考えておきたい。

 今回のケースでも、採用面接時に、パート職員も常勤と同じ仕事をしてもらうという点を説明していれば、また違った展開になっていた可能性がある。医療機関の人材採用を巡る状況が変化する中、雇用する側には、以前にも増して工夫が求められている。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
原田宗記(株式会社宗和メディカルオフィス代表取締役)●はらだ むねのり氏。1957年生まれ。医療法人の事務長、部長を経て1996年、宗和メディカルオフィス設立。医療機関や介護施設の開業、運営コンサルティングのほか、診療所の事務長代行業務を手掛ける。医療法人役員として医業経営にもかかわる。