東海地方の都市部にあるAクリニックは、開業して15年になる整形外科の無床診療所である。地元住民から評判が良く、スタッフのモチベーションも高く、開業後、経営は順調に推移していた。
現在のスタッフはパートを含め事務系が12人、看護師や理学療法士などの専門職が8人の構成。スタッフ数が10人を超えたあたりから、事務と専門職に主任職を置き、それぞれの部署の管理をしてもらうようにしてきた。もちろん、退職者の補充や増員の要請があった際の採用面接には院長も同席していたが、職員トラブルが起こっていることなど、つゆほども想像することはなかった。
ある日の午後、院長が診察を終えて院長室に戻ろうとすると、3カ月ほど前に採用した事務のB子がおずおずと話しかけてきて、こう言った。「院長先生、主任のC美さんの指導は言い方が厳しすぎて私にはついていけません。彼女の前に出ると恐怖で動悸がひどくなり、最近はよく眠れなくなりました。せっかく入職できたのですぐには辞めたくありませんが、もう限界です」。
そう言われてみれば、最近、事務スタッフの表情が冴えないことが多い。B子が指摘したC美は既に入職10年の経験者で、前職は大手企業の経理をやっていたことから、数字を扱うことに慣れており、会計業務や給与計算などいろいろなことを担当してもらっていた。税理士とのやり取りなど院長が把握していない経理の内容まで扱っており、きっちりとした性格を頼んで重宝していたのだった。
部下にきつく当たる一方で自分は…
院長はB子の相談があったあくる日以降、事務スタッフたちと個別に面談を行ったが、ヒアリングの内容は驚くべきものだった。C美は確かに仕事はよくできるが、他の事務スタッフに自分の仕事を渡したくないのか、断片的にしか仕事を教えず、それもミスをすると「こんなこともできずによく給料もらっているわね、あなたは給料泥棒なの?」というような発言をしているのだという。
部下にきつく当たる一方で、自分は仕事中に子どもの習い事の送り迎えのために職場を抜けたりしていることも分かった。他の事務スタッフは口を揃えて「C美さんとは一緒に仕事をしたくない」と言う。今までは、「告げ口したらどんな復讐をされるか……」と思い、口をつぐんで我慢するしかなかったとのことだった。
院長は自分の無関心を各スタッフに詫び、その上で早速行動を起こした。C美を呼び出し、他のスタッフへの指導を含め、管理職としてのマネジメントに問題がないかどうか問いただしたのだ。すると、C美は「全く問題はありません。ただ物覚えの悪いスタッフが多く、業務に支障を来すことがあり、厳しく叱責してもなお開き直るので困るんです。まったく最近の若い子は……」と悪びれる様子もなかった。