トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 内科のA診療所は、パートタイマーを入れて職員数が12人。開業して5年が経過したところだが、最近、院長と職員たちの間に溝が生じつつある。処遇に関するルールの運用が曖昧で、職員から疑問の声が出てきているのだ。

 きっかけは、近隣の大病院の勤務経験を持つ職員が入職したことにあった。外部研修参加に当たり、費用負担について院長に尋ねたところ、曖昧な答えしか返ってこなかった。

 交通費の負担をどこまで認めるのか、特に遠隔地に足を運ぶ場合には鉄道料金の特急料金や指定席料金は負担してくれるのか、マイカーで移動する場合に高速道路の料金はどういった基準で認めてくれるのか——。前に勤務していた大病院では、そうした点に関し明確なルールがあった。しかし、A診療所ではそんなルールに関する説明が一切ないし、どう運用されているのか分からない。

 他の職員とそうした話をしている中で、同僚たちも手当の支給基準などが不明瞭であることに不満を持っていることが分かった。そこでスタッフたちが院長に尋ねても、明確な答えがなく、どうも要領を得ない。スタッフたちの中に、「院長は、個人的な好き嫌いによって恣意的な運用をしているのではないか」といった疑念が生じることになってしまった。

 実はA診療所では、一応、就業規則を作成していた。しかし、それはあくまで行政機関への届け出用に「とりあえず作った」というもので、インターネット上に公開されている一般企業向けのサンプルをそのままコピーしたようなものだ。だから、詳細な規定はなく、交通費や手当などについて院長は場当たり的な運用をするしかなかった。そもそも、就業規則があること自体、職員に伝えていない。今回、そうした部分を突かれ、曖昧な答えしかできなかったというのが実際のところだった。

今回の教訓

 開業時に、インターネットなどで簡単に手に入るサンプル的な就業規則に診療所名のみを入れて行政機関に届け出、そのまま運用しているケースは少なくない。多くはコンサルタントなど開業を支援した事業者が準備したもので、職員には開示すらしていないという例もある。そうした就業規則を見ると、職員という言い方が一般的な医療機関において「社員」という表現が用いられていたり、「会社」「社長」といった言葉が出てくることもあり、実態に即したものではないことが分かる。

 A診療所のケースで院長が就業規則を開示しなかったのは、職員に公開することで年次有給休暇を頻繁に取得されたり、ルールの不備を指摘されて混乱を来す事態を避けたかったという考えもあったようだ。

 以前であれば、就業規則に不備があったり開示しなくても、大きな問題なく運営できたケースは少なくなかった。しかし、インターネットが普及し、誰もがスマートフォン片手に労務管理を含め様々な情報を調べられる状況下で、院長がこのような姿勢を取り続けていると、職員たちが不信感を募らせることになりかねない。