そうした事態に陥ると、結局、職員は不信感を払拭することができず、院長との間には溝ができてしまうことになる。職場に対しての不満は職員間で話題になりやすく、誰かがこの問題に触れると、それまでタブーであった労務管理の課題が一気に噴出し、不満の大合唱となることが多い。

 特に、諸手当の支払い基準、慶弔などの特別休暇の取り扱いなどは、他の職員による前例があれば、「Bさんは○○であったのになぜ私は△△なのか」とか、「Cさんは院長に気に入られているから手当や休暇が多いのでは」といった根拠のない噂や悪評が広がってしまうことが少なくない。

 こうした問題を放置し続けると、スタッフたちの職場に対する帰属意識が低下して、1人辞め、2人辞めといったように離職の連鎖にまで繋がることもある。中には職員が集団で一斉退職をするケースもあり、人材確保までの期間、臨時休業せざるを得なかったという話を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないだろうか。職場の不満をインターネットの掲示板などに書かれることもあり、そうしたことが理由で応募者が激減したという医療機関も現実的に存在している。

就業規則を周知しないのは労基法違反
 そもそも就業規則は、職員に周知することが義務付けられている。労働基準法第106条には「就業規則を常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること、書面を交付すること、その他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない」と定めているため、周知をしていないことが労働基準法違反となる。

 万が一、職員が労働基準監督署に駆け込んで、「勤務先に就業規則がない」などと監督官に相談をすると、是正に向けた指導を受ける可能性が高く、同時にそれ以外の様々な労務コンプライアンス違反について指導を受ける事態になることも十分に考えられる。

 こうしたことから、A診療所のような不十分な対応となっている場合は、速やかに就業規則を見直す必要がある。インターネットなどで容易に入手できるサンプル的な就業規則は、様々なリスクを想定して作成されたものではなく、休暇などの面で法律で定める基準を大きく上回る内容となっている傾向があるため、内容を参考にするとしても注意して取り扱わなければならない。医療機関の実務を知る社会保険労務士などの協力を得て、慎重に作成したいところだ。

明確に定めなければならない事柄とは
 なお、労働基準法第89条では、就業規則について「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、行政官庁に届けなければならない」と規定している。ここでいう「常時」とは、正職員のみだけではなく、パートタイマーも含まれるものとして扱われるので注意したい。また就業規則には、絶対に記載しなければならない「絶対的必要記載事項」というものがあり、以下については明確に定めておかなければならない。

1.始業および終業の時刻、休憩時間、休日、休暇ならびに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
2.賃金(臨時の賃金を除く)について、その決定、計算および支給の方法、賃金の締め切りおよび支払いの時期ならびに昇給に関する事項
3.退職に関する事項(解雇の事由を含む)