トラブルの経緯

 今回ご紹介するのは、西日本の都市部に立地する内科クリニックの事例だ。同クリニックが立地する地域は交通アクセスなどの面で、もともと人材採用に有利な土地ではなく、開業時には苦労の末、常勤の医療事務と看護師を辛うじて1人ずつ採用できた。スタッフの確保は今も決して容易ではなく、院長夫人が週に数回出勤して業務を手伝っている。

 開業当初の患者が少ない時期、院長はスタッフの仕事ぶりを気にしていた。片付けやレジ精算などで手間取り、超過勤務になると、「患者が少ないのに残業をした場合でも、残業代を支払わなければならないのか?」と税理士やコンサルタントなどに確認した。

 そうした残業は、患者数の多寡にかかわらず、仕事に慣れるまでは発生しやすい。そもそも患者が少なければ、なかなか業務を覚えられない。急に混んだりすると、レジ間違いなどで予想以上に時間がかかる。だが院長は、そのような状況が生じるのは職員の能力に問題があるためと考え、「給与に見合う人に入れ替えたい」と考え始めた。

「今の時給を払う価値がない」

 院長から良く思われていないということは、職員自身も感じ取るものだ。そのうち職員たちと院長夫人との折り合いも悪くなり、医療事務常勤のAさんより退職願が出された。院長夫妻はこれを好都合と考え受理、パート職員を募集することになった。

 他業種に人材が流れる影響もあり、診療所の人材採用が困難になるケースが増えている。医療事務で3年以上経験のある人材が応募してくる確率は以前に比べて低くなったが、同クリニックでは相場よりやや低い時給で募集した。

 幸い経験者の応募があり、経験6カ月のBさんと経験1年のCさんを採用した。経験者とはいっても、実務経験1年程度では業務を任せるのは難しいことが多く、勤務日が週3~4日だと戦力になるには最低でも3ヵ月は必要だ。だが退職するAさんからの引き継ぎ期間が終了する頃、院長と夫人はまたも「働きが時給に見合わない」と考え始めた。

 「Bさんは面接で話していたほど業務ができるわけではなく、今の時給を払う価値がない。時給を下げてはどうか」と院長夫人。ただ、賃金はその時点でも相場より少し低い水準であり、さらに下げるのは好ましくない。結局、Bさんの賃金を引き下げることはなかった。

 その後、院長夫人がタイムカードの打刻に関する不満を訴えるようになった。能力不足ゆえに無駄な残業をしており、タイムカードの打刻時間が遅くなっているのではないかとのこと。また、超過勤務が発生する数分前になると、その時間になるまで待っていることがあるとも話していた。