Illustration:ソリマチアキラ

 先日、地元の地方銀行の頭取が新任の挨拶に来てくれた。頭取が挨拶に来るなんて、うちの会社も立派になったものだと、妙な感慨を覚えながら、彼を迎え入れた。物腰の軟らかなニュースキャスター風の頭取は、知性と教養にあふれ、その話はとても興味深かった。

 現場たたき上げの彼は、銀行マンの仕事を熟知していた。「うちのような地銀は都銀と違って、企業から決算書をもらうのも一苦労で、何度も足を運んで、やっともらえたんです」と昔の苦労を語った。そんな状況だったから、決算書をもらえたときは必死で読み込み、自ら電卓をたたき、その会社の強みや弱み、投資計画や資金繰りを考えたという。

 それが今では、合理化を目的としてシステムが整備された結果、決算書をもらう苦労が減っただけでなく、マニュアル通りに決算書の数字を入力すると、その会社の強みや弱み、課題などが自動で分析・表示されるようになった。これに慣れてしまうと、決算書の数字の背後にある企業の姿が見えなくなる。

 「メガバンクなら合理化を進めることだけに注力してもいいのですが、うちのような地元密着の地銀がそれをやると、10年後はメガバンクに負けるんです」と頭取は言った。非効率であっても、数字の背後にあるものを見て、相手を知り尽くし、人と人との付き合いをしなければ、信用や資金力のある大手には勝てないのだという。

 「薬局も銀行も同じなんだ ! 」と驚いていたところ、頭取が「薬局もそうですよね」と水を向けてきた。彼は複数の薬局を利用した経験があるらしく、マニュアル通りと思われる合理的な対応の薬局もあれば、時には薬と関係ない話をして、会話のキャッチボールをしながら薬を渡してくれる薬局もあったそうだ。後者の薬局の薬剤師は、以前に話した体の不調のことまで覚えていて、「その後、大丈夫ですか。〇〇さんの場合は…」と自分のことを分かってくれていて、うれしかったという。

 「今、病院の前にたくさん薬局がありますが、10年後はどの薬局が残っていますかねぇ…」と、核心を突いた厳しい一言を放ち、ほほ笑んだ。

 頭取になるような人だから、様々な業種の仕事ぶりを見ているのだろうが、それにしても、一般の人にも薬局の姿勢の違いが見えていると思うと、ボクの薬局は、頭取から、いや一般の人からどう見えているのだろうと考え込んでしまった。

 「効率ばかりを追求するのではなく、人と人との付き合いをしなければ、大手には勝てない」という頭取の言葉が、妙に説得力を持って心に刺さった。大手はマニュアル化されたサービスでもいいが、地元密着をうたう中小薬局チェーンは、それをやってはいけないのだ。

 コーヒーを口にしながら、一呼吸置いて頭取が聞いてきた。「最近、頭取になるまでは考えてもみなかったことを考えるようになったんです。何だと思います? 」。ボクは確信を持って答えた。「次の頭取を誰にするか、でしょう? 」。ビンゴ!!

 候補に浮かんだ行員たちの業績や評価ではなく、個々人が頭取になれる器かどうかを考えるという。ボクも同じことを考えている。うちの会社のあの社員は社長になれる素質があるか否か──。

 業種や会社の規模が違っても、トップの考えることは変わりなく、悩みも同じなのだと分かって妙にうれしくなり、次に資金が必要になったら、この頭取の銀行からお金を借りようと心に決めた。

 アレッ?頭取の戦略にハマったの?(長作屋)