関東地方のベッドタウンにあるA内科クリニックは、看護師1人、看護助手2人、受付事務3人をスタッフとして雇用していた。診療所では人材採用難の傾向が顕著になっており、A内科クリニックでも本来であれば看護師は2人必要なのに採用できずにいた。
冬の繁忙期に向けて、半年前からハローワークやウェブ求人サイト、新聞折り込み広告などの媒体を使って募集をしたものの、全く応募のない状況のまま11月を迎えてしまった。スタッフも、フル稼働で来院患者の対応に当たってくれたが、連日の残業による疲労感が目に見えて増してきた。
そんな中、看護師B子からパート職としての応募があり、院長は早速採用面接を行った。経験や人物に申し分はなく、即日採用を決めて、次週から働いてもらうことにした。やっと看護師2人体制になって安心した院長だったが、採用から3カ月経たないうちに、B子から退職の申し出があった。
諌められる人は誰もいない
診察後に退職の理由を尋ねたところ、看護助手C美からの叱責が我慢できないとのことだった。C美はクリニックで一番の古参職員で、25歳から働き始め、今年で15年になる。クリニック内で知らないことはないし、長く通っている患者さんのこともよく分かっており、院内の支柱的存在である。そのC美からクリニックでのやり方を教わっている中で、チクリチクリと嫌味を言われ続けたとのことだった。
ある日、B子の幼い子どもが熱を出して当日休まなければならなくなり、翌朝出勤したところ、「子どもが熱を出したくらいで休むのなら、いっそ働かなければいいのに」と言われたという。また、子どものお弁当作りで身支度が疎かになってしまった日には、「医療従事者としての自覚がない」と言うなど、口調はきつくはないものの、院長のいないところで常日頃、小言を並べていたそうだ。
院長は、自分の知らぬところでこのようなことが起きていたのかと驚き、他のスタッフにもヒアリングを行った。すると、同じように古くからいる看護師は、「C美さんは気分屋だから、機嫌を損ねないように気を遣ってはいますが、私は看護師だし一目置かれている立場だから、被害を受けたことはありません」とのこと。
他の職員たちは、それぞれの意見を言っていたが、共通して答えたのは「C美さんはスタッフの陰口を言ったり、シフトの割り振りを自分に有利にしているが、諌められる人はいない」ということだった。院長は、事務を管理している妻に相談をし、C美に辞めてもらうことにした。せっかく採用できた看護師B子に、こんなことで辞められてしまっては、経営が成り立たない。焦りを感じた院長は、できれば事情を伝えてすぐにでも自主退職の形に持っていきたいと考えた。
翌日の診察終了後、院長はC美を呼び出し、B子らスタッフから聞き取った内容を伝え、「穏便に自主退職で辞めてはどうか。それが受け入れられないなら辞めてもらうしかない」と提案した。C美はしばらく黙っていたが、「B子に対する注意は真っ当なものだし、他のスタッフへの陰口については事実ではない」と言ったきり、出て行ってしまった。