今回の教訓

 院長はAに対し「確かに上司にはなったが、それは役割と責任も増えたということ。部下の育成も上司の仕事だが、その責任は、従来の仕事にプラスして果たすものだと考えてほしい」と諭した。そして、指示するだけでなく自ら動いて範を示すことで、事務部門をチームとして動かす要になってほしいと伝えた。

 院長は、Aにリーダーとして成長してもらい、クリニックにとって良い影響を与えてほしいという強い思いを抱いていた。また前述のように、経営に参画する幹部としてAらを育成していきたいとも考えていた。Aとしては「上司になったのだから、自分は細かなことはやらなくてもいい」と考えていたものの、院長がAへの期待を率直に語ったことで納得し、その思いに応えたいという気持ちになったようだ。一度はBらに引き継いだ業務に再度携わることを快く受け入れた。また、事務部門の業務フローを整え、マニュアルとして明文化する作業を率先して進めるようになった。

 院長はその後、Aに対し、リーダーシップに関する院外研修会に参加するよう促す一方で、自身もマネジメント関連の書籍を通じて知識を蓄積。組織のトップとしてのあり方を追究し、クリニックの組織化に向けた取り組みを進めている。Bらにとっても、仕事の負担が軽減したことに加え、新入職員が業務に慣れたこともあり、繁忙期を除くと残業時間はごく短いものとなっている。

 院長がAを昇格させる際、上司としての心構えや担うべき役割をより丁寧に説明していれば、今回のトラブルはある程度防ぐことができたかもしれない。ただ、回り道にはなったが、結果的にAはリーダーとしての役割を認識し、責任を果たせるようになった。自らが思い描くクリニックの将来像の実現に向け一歩を踏み出したことで、院長は以前より明るい気持ちで診療に臨むことができている。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。