トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 この4月に異動や昇格などでポジションが変わった人も、2カ月以上がたち、新しい任務に慣れてきた頃ではないだろうか。部下を指導する立場になった人の中には、これまでとは異なる自覚を持ち、自らが成長するきっかけをつかんでいる人も少なくないはずだ。

 診療所でも、看護や事務、リハビリなどの部門ごとにリーダーを置くケースが目立つようになった。院長は、リーダーとして指名したスタッフに対し、様々な期待を持って見守っている。だが残念ながら、院長の思いとは裏腹に、新たにリーダーとなったスタッフと部下との間でトラブルが発生することもある。今回紹介する診療所の事例も、そんなケースの1つだ。

 この診療所は内科、消化器科を標榜し、院長と看護職員6人(うちパート職員3人)、事務・受付職員4人で運営している。ある時、事務職員が家庭の事情で退職することとなり、新たに1人を採用。これを機に院長は、最古参の事務職員Aを主任(リーダー)に昇格させることを決定し、事務を1つの部門として組織的な運営を図ることにした。

 院長としては、待ち時間の短縮など事務業務の効率化と質の向上を目指すとともに、将来はAを中心とした事務部門と、看護師長をトップとする看護・診療支援部門のそれぞれを活性化させ、部門リーダーを経営幹部として育成することを考えていた。

「このままでは体がもたない」

 ところが、Aを主任に据えてから4カ月が経過したころ、看護師長より、事務職員の1人から相談を受けたとの報告があった。「Aさんは他の職員に指示するばかりで、自分の仕事までこちらに回すので残業が増えた。このままでは体がもたないので辞めたい」。事務職員は、そう訴えたという。

 院長が直近3カ月の記録を調べたところ、確かにA以外の事務職員の残業の頻度が増えており、Aが主任になった時点よりも月当たりの残業時間が2〜3割も多くなっていることが分かった。そこで院長は、事実関係を把握すべく事務職員Bに事情を聞くこととした。

 Bは、Aより1年半ほど後に入職した事務職員であり、当初は慣れない業務に戸惑うこともあったが、現在では事務部門を支える中核として信頼できる仕事ぶりを見せている。院長はまず、Aの業務を巡る状況が他のスタッフの残業増加に関係しているのかどうかを確認するため、現在の事務部門における日常業務の流れを尋ねた。

 すると、「Aさんは『上司は指示と確認をするのが仕事だから』と言って、これまで全員で分担してきた業務をやってくれなくなった」「『いろんな仕事を覚えてもらうことも必要だから、この仕事もやってみて』と自分の仕事もさせるようになった」とのこと。Bを含め、以前から在籍している事務職員たちは、Aの担当業務の一部を回された上、不慣れな新入職員に業務手順を教える役割も担い、どうしても残業が増えてしまうとのことだった。

昇格させたのは失敗だった?

 院長はBに対し、Aに真意を尋ねてみる旨を伝えた。そして、少なくとも残業の増加は見過ごせないので改善できる方法を探すことを約束し、続いてAと面談の機会を設けた。

 Aの感情やプライドを害さないよう注意しつつ、院長が「最近他の2人に業務を任せる部分が増えたと聞いているが、どういう状況なのか」と尋ねると、Aは少し誇らしげにも見える表情で「せっかく主任にしてもらったので、上司としての責任を果たしたいと思った」と答えた。そして「部下にいろんな仕事を覚えてもらいたいし、私は仕事が終わった後のチェックをしなければならないので、これまで担ってきた仕事は他の人に任せている」とも語ったという。

 指示とチェックだけしていればよいという姿勢に、院長は「Aを昇格させたことは失敗だったかもしれない」と思った。だが、Aの成長を促しクリニック運営の安定化を図るためにも、主任のポジションを維持したまま、リーダーのあり方と業務の効率化についてAに学んでもらう必要があると考え直した。