では実際に、誤って支払った金額の全て(最大10年間分)の返還を求めるか。筆者は、給与計算処理をした医療機関側に非がある以上、その分は差し引くことが妥当と考える。その割合としてどの程度が妥当かについては、状況にもよるので一概に言えないが、1カ月分の給与の手取り額がほぼゼロになるような状態であれば、本人が容認することは到底考えにくい。

 従って、職員の日常的な生活への影響を念頭に置いて、毎月の返済額を決めていくことになる。実態としては、給与計算の誤処理をした事業所側の非を大幅に認め、仮に10年程度誤支給を続けていたとしても、数年分の過払い分の返還を求めるにとどめ、毎月の給与からの控除額は多くても数万円程度としているケースが多いようである。もっとも、本人が返還途中に退職してしまえば、それ以上の返還を求めるのは難しいため、残りの分は諦めざるを得ないことが多い。

給与から控除する際の手続きに注意を

 一方で、もう1点注意しなければならないことがある。それは、給与から控除する際の手続きの問題だ。給与の支払いについては、労働基準法第24条において「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(中略)また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる」と規定されている。つまり、給与は全額支給することが原則であり、社会保険料の控除など法律上の控除が認められているもの以外は、労使間で賃金控除に関する協定書を締結することで初めて控除が可能になる。

 つまり、双方が誤支給であることを認識していたとしても、勝手に給与から控除することは許されない。実際に控除する際には、後々のトラブルを避けるためにも、こうした協定書に誤支給分を控除する旨を追記したり、本人から「毎月○○円の控除に同意する」旨の書面を提出してもらったり、労使双方が書面に署名し合うなどの手続きを取っておきたいところだ。

 以上が、誤支給が発覚した場合の対応となるが、そもそも誤支給を発生させないようにするための取り組みも求められる。医療機関の場合、特に小規模な施設であれば、手当の支給などに関する連絡を書面ではなく、口頭で済ませていることが多い。この方法は、うっかり処理を失念してしまうリスクを伴う。家族手当や住宅手当など、一定の条件に該当したら支給(または変更)される手当については、「扶養家族変更届」などの書式を用意し、提出された書式を基に手当額の計算処理を行うといった運用方法に変えていくことをお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。