トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 東海地方のAクリニックは、開業してから20年以上が経つ内科診療所だ。院長、夫人ともに穏やかな性格で、夫人は看護師だがクリニックに時折、顔を見せに来る程度。経営については、あまり口出しをしなかった。

 子ども2人は、それぞれ医学部と歯学部に進学し、現在、医学部の子は卒業して、歯学部の子の学費の支払いが家計の負担になっている。院長は還暦を過ぎ、5年ほど前に脳梗塞を患ってから、診察時間をセーブして細々と診察をしている。

 そんな中、院長の悩みの種は、スタッフの処遇である。事務スタッフ2人と看護助手1人を常勤で雇っているのだが、どのスタッフも勤続年数が10年程度と長く、1人の事務スタッフは15年前から勤務している。脳梗塞発症後、診察時間を短くした際に、給与の金額を労働時間の短縮に応じて下げてもらうよう、3人に交渉したところ、口を揃えて「私たちにだって生活があります。急にそんなことを言われても、応じられません。そもそも、病気後の院長のミスや物忘れをカバーしているのは私たちなんです」と難色を示された。

「夫婦2人で運営していくしかない」

 院長は、3人から逆に攻撃されるような格好になり、その後は何も言えなくなってしまった。そうこうするうちに、だんだんと来院患者数は減っていき、スタッフも手持ち無沙汰にしている時間が増え、待合室の雑誌を読んだり、早めに昼休憩に入ったりするようになった。

 利益が出ていない中、院長があるとき賞与の支給額を減らしたい旨を伝えると、「賞与は年間3カ月でずっと支払われていて、それを見込んで生活を立てているんだから、支払ってもらわないと困ります。こっちだって、生活のために働いています。患者数が減った責任が職員の私たちにあるわけではありませんし」と憤慨され、従前通り支払わざるを得なかった。そのように、経営が順調なときと同じように支払わなければ総攻撃に遭うため、院長夫妻は減額の話をしにくくなり、自分たちの貯金を切り崩しながら、人件費を賄うような状況に陥った。

 ある日、定期訪問で来院した税理士に、今期の収支を聞いた院長夫妻は、頭を抱えてしまった。このままの収入の状況で、毎月のスタッフの人件費と年間賞与を支払っていると、生活費も含め、現在の夫妻の貯蓄が約10年後に底をつき、生命保険も解約せざるを得ないことになるという。スタッフを全員解雇し、夫婦2人で運営するよりほかはないのでは、との意見だった。

 院長夫妻は、税理士を見送った後、再度10年後の収支のシミュレーションを見て、スタッフたちに辞めてもらうことを決断せざるを得なかった。

経営状況の厳しさをスタッフに伝える

 院長は翌週、税理士に紹介してもらった社会保険労務士に今までの経緯を伝え、アドバイスを求めた。すると、社労士は「収支面で経営が成り立たなくなるようであれば、残念ながら辞めてもらうことも致し方ありませんが、その際は手続きや条件面に十分注意、配慮してください」とのことだった。

 院長夫妻が、今後どうしたらよいかを尋ねたところ、以下の回答が得られた。まずはスタッフ3人に、税理士が作成した収支のシミュレーションを見せて、現在の経営状況の厳しさを伝えること。その上で、厚生労働省の「就労条件総合調査」、都道府県の統計(東京都の例はこちら)など退職金の相場に関する統計から、各スタッフの勤続年数に当てはめて割り出した退職金額を提示し、経営が苦しい中で精いっぱいの誠意を尽くした旨を伝える。失業保険は、事業主都合によるものなので最大9カ月受給できる——。そのような内容を、一人ひとり丁寧に説明してほしいとのことだった。