後日、夫妻は診察終了後、スタッフ3人と1人ずつ面談をし、社労士のアドバイス通りに経営状況の厳しさを打ち明けるとともに、退職金、失業保険について伝えた。すると、意外な言葉が返ってきた。「私たちは、いつ院長から辞めてほしいと言われるか、待っていました。今のままでは、経営が立ち行かないことは、会計をしている私たちから見れば当たり前のことです。退職金額の妥当性については、誠意を尽くしてくれたとのことですが、一応自分たちでも調べて後日返事をします」。

 その後、スタッフ3人は解雇について承知したとの返事をしてきた。ただし、3人とも既に45歳を超えており、再就職先を探すのに時間がかかる可能性があるので、退職金にあと1カ月分を上乗せしてほしいとのことだった。院長は、これを承諾。それ以降、特に揉めることなく3人はクリニックを辞め、夫婦2名で再スタートを切った。スタッフ3人はその後、別のクリニックに再就職できたという。

今回の教訓

 Aクリニックのように、院長が急病になり、診療の縮小を迫られるケースは決して珍しくない。院長としては、そのような場合を想定し、経営面やライフプランの面で様々な備えをしておく必要があるが、残念ながら同クリニックでは十分な準備がなされていなかった。

 診療縮小により患者数が減少し、人員体制が患者数に見合わなくなった場合、スタッフに辞めてもらうことを検討せざるを得なくなることもある。実際には、有期契約のスタッフの期間満了時に契約を更新しないといった対応を取るケースが多いが、契約書を入職時に渡したきりで、職員自身が有期契約であることを知らない場合もある。契約が反復更新され、「あたかも期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していた」ときの雇い止めの意思表示は、実質として解雇の意思表示であるとして、解雇に関する法理を類推適用すべきとした判例もあるので注意したい。

整理解雇で求められる4つの要素

 いよいよ経営状況が厳しくなると、「整理解雇」の手続きに進むこともある。Aクリニックのケースは、整理解雇の一例といえる。

 裁判では、整理解雇には次の4つの要件(要素)を満たす必要があるとして、判例法理が形成されてきた。
(1)人員削減の必要性
(2)解雇回避努力義務
(3)人選の合理性
(4)手続きの妥当性

 (1)については、経営上の十分な必要性に基づいていることが必要だ。(2)については、解雇の前に不要資産の処分や経費削減などを行っていることが求められる。(4)の手続きに関しては、労働者や労働組合と十分に協議し、納得を得る努力をしなければならない。

 この4要件が形成されたのはオイルショックによる雇用調整が生じた時期で、当時は厳格に全ての要件を満たすことが求められていた。近年では、国際的な競争激化など事業者を取り巻く環境が変化してきたことを受け、要件としてではなく、判断基準の要素として捉えられるようになっている。ただし、紛争になった場合の基本的な判断は、この4点が総合的に考慮されるので注意が必要だ。

 なお、今回紹介したのは小規模なクリニックの事例だが、医療機関を運営する医療法人が併設の介護事業所や訪問看護事業所などを閉鎖する際に、整理解雇が検討されるケースもある。だが、閉鎖される部門に勤めていたからといって、安易に解雇すると大きなトラブルに発展する可能性が高い。コスト削減などの経営努力を講じた上で、医療機関本体に受け入れ可能な職員は配置転換し、それでも解雇せざるを得ない職員には十分に説明し納得を得るなど、慎重な対応が欠かせない。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、社会保険労務士法人第一コンサルティング 法人代表)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。2018年10月より現職。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。