トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 A診療所に勤務する30歳代の事務職員B子。入職して3年ほどの職員であるが、最近、周りの職員から不満の声が上がるようになった。

 プライベートを優先するために残業を断ることがしばしばあり、同僚たちから「何で私たちだけ遅くまで仕事をしなければならないのか」といった不満が出始めたのだ。中には、B子と一緒に仕事をしたくないと口にするスタッフも現れるようになった。

 院長はB子に注意をしたが、「プライベートも大切にしたいんです。勤務時間内は集中して仕事をしていますし、できるだけ残業をしない形にしてもらえるとありがたいのですが……」と反論されてしまった。

 院長自身は、上司から残業を命じられたら当然こなすべきものと思っているので、B子の話を聞いて困惑した。かといって、残業を強制すると「ブラック企業だ」と反発して労働基準監督署などに訴え出るかもしれない。対応に窮した院長は、知人から紹介してもらった社会保険労務士に相談してみることにした。

今回の教訓

 2018年6月に働き方改革関連法が成立し、「働き方改革」というキーワードが連日のようにマスメディアに取り上げられている。これまで当たり前のように行われてきた長時間労働を是正し、労働時間の上限規制や年次有給休暇の取得義務化などによって、限られた時間内で生産性を高めようとするものだ。

 そうした動きは、働く人たちの意識にも影響を与えているようで、今回紹介したB子のように残業に難色を示す職員が出てきて困っているという声を診療所関係者から聞くことが増えている。残業をしないスタッフがいることで周りの職員が業務を補うことになり、業務量が増えて不公平感を抱き、不満を募らせるというのは容易に想像できる。

 そもそも小規模な診療所では、限られた人員で効率的に業務をこなすことが求められるため、残業をしないスタッフがいると、本人を「排除」しようとする雰囲気に発展することも少なくない。職場がギスギスして、当の職員とはビジネスライクな会話しかしなくなったり、無視するようなケースもある。

 そうした状況に困惑した院長が、残業を渋る職員に注意をしてはみるものの、「プライベートが大切」と言い返される。人員を募集してもなかなか確保できない状況下では、あまり強く言いにくい部分もある。下手に注意をして辞められるリスクを考え、ちょっとした雑務を院長自身が引き受けたり、院長夫人が遅くまで残って処理している診療所もある。

業務命令であれば残業は拒否できないが…

 まず、今回のA診療所のような事例で、そもそも残業を拒否することは許されるのであろうか。結論を言えば、業務命令である以上、拒否はできないと考えてよい。ただし、それには前提条件がある。

 1つは、「36協定」といわれる時間外労働・休日労働に関する協定を労使間で締結して、管轄の労働基準監督署に提出していること。もう1つは、拒否する理由に対して配慮をしていることである。

 前者の協定届の提出は、時間外労働や休日労働を行ってもらう際に、法律上必要な手続きである。本来、労働時間については、労働基準法により1日8時間、1週40時間以内でなければならないとされており、これを超えて労働を強要すると労働基準法違反となる。しかし現実には、これを超過した労働は、日常的にどの事業所においても発生し得るものである。労働基準法第36条に従い、「時間外労働・休日労働に関する協定届(36協定)」を作成、労使間で内容を確認後に締結し、それを管轄の労働基準監督署に提出することで、免罰的効力が生じることになる。