トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 A診療所の院長は最近、ベテランの看護職員B子の問題で頭を悩ませている。きっかけは、事務職のC子から相談を受けたことだった。C子によれば、B子が借りたお金を返さず、返済をお願いしても、何かと理由をつけてはぐらかされるのだという。

 B子は、C子以外の同僚からも物やお金を借りたまま返していないようで、職場の雰囲気が悪くなっているとのことだった。院長は何となく雰囲気が悪いことは感じていたものの、お互いに仕事の話はできているのであまり気に留めていなかった。物や金銭の貸し借りが原因とは想像もしていなかった。

 C子はB子の態度に納得がいかないようで、「返してくれない分をB子さんの給与から天引きして、私のところに振り込んでほしい」と要望してきた。他の職員たちからも、B子に辞めてもらいたいとの声が上がっているようである。院長としては、「職員間の貸し借りは個人的な問題だから、自分たちで解決してほしい」というのが本音だ。だが、何らかの対策を講じないと職場の雰囲気が改善しそうになく、知人の社会保険労務士に相談して対策を検討することになった。

今回の教訓

 A診療所のように、医療機関の職員間で物や金銭の貸し借りを巡ってトラブルが発生することは少なくない。よく見られるのは、数千円程度のDVDが借りっぱなしになっていたり、現金では1万円前後が返済されていないというケースだ。貸した側としては、返してもらうよう頼んではみるものの、はぐらかされ、何となくウヤムヤな状態が続くことが多い。

 こうした場合、年長者やベテランの職員が「借り主」であることが一般的で、パワーバランスの関係上、貸した側の職員としても強く言い難く、やがてはそうしたやり取りがなかったかのごとく月日が過ぎていく。しかし、貸した物や金銭が返ってこないということは、決して忘れられず、その人に対して不信感が日に日に増すようになり、職場の人間関係が悪化。業務に支障を来すという二次的な問題に発展し、最終的には患者に迷惑が掛かってしまうこともある。

給与からの天引きには「24協定」が必要

 今回のケースでは、B子の給与から未返済分を天引きし、C子の給与に上乗せして支払ってほしいという要望が出ているが、これには応じるべきではない。

 労働基準法第24条では、賃金の全額払いの原則が定められており、控除するためには、あらかじめ労使間で賃金控除に関する協定書を締結しておくことが必要である。社会保険料など法律に基づいて控除できるもの以外を控除する場合、その内容を協定書に具体的に明記しておかなければならない。これは「24協定」といわれ、労働基準法第24条第1項但書で規定されている。例えば、昼食を用意する場合の昼食代が、その場の現金払いではなく後日、天引きにより精算するのであれば、協定書に「昼食代」と記載し、社宅や寮がある場合の寮費を天引きする場合は「寮費」などと記載する。

 今回のようなケースで、個人間の貸し借りの未返済分を給与から控除するために24協定を締結することは考えにくく、そもそも業務との関連性がまるでない。職場の上下関係があるため、先輩であるB子に言いにくい気持ちは分からなくもないが、個人的に行った金銭などのやり取りは、当事者間で対応してもらうことが大原則である。