今回紹介するAクリニックは、リハビリテーションに力を入れている整形外科診療所で、理学療法士を数人雇っている。ある日のこと、院長は女性の事務職員B子から相談に乗ってほしいと頼まれた。「相談をしていることが同僚たちにばれないようにしてほしい」とのことだったので、早朝、まだ誰も出勤してこないうちに出てきてもらい、事務長である夫人とともに話を聞くことにした。
B子が頭を悩ませていたのは、男性の理学療法士C男からの執拗なLINEによるメッセージだった。休日に「今は何をやっているの?」と連絡してきたりして、B子が返信をしないと「何で連絡を無視する」「メッセージを読んだら返信するのがマナーじゃないの?」「オレのこと嫌いなの?」など、ストーカーのようなメッセージを送られ、どうしたらよいのか困っていると訴えた。
B子は、そうした連絡をやめてもらうようC男にやんわりと話したものの、効果はなく、思い切って院長に相談を持ち掛けてきたのだった。ただB子は、院長に相談したことがばれて、C男から仕事上の嫌がらせを受けたり、何らかの報復をされることを恐れていた。そのため、「相談したこと自体を黙っていてほしい」と訴えたが、院長は、これを放置すれば、やがてはB子自身が心を病んで退職してしまうのではないかと感じた。果たしてどうしたらよいものかと院長は思案するものの、妙案が浮かばず困り果てている。
LINEなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は若年層以外にも普及が進んでおり、企業などの事業所でも、勤務体制の変更や災害時の出勤の一斉連絡などに用いることが多くなっている。特に医療機関では、勤務シフト変更のやり取りに用いたり、小規模の医療機関であれば、院長からのちょっとした連絡の際に用いるなど、一般企業以上に業務においてSNSが用いられている印象がある。一方で、今回の相談事例のように職員同士が私的にSNSを用いて頻繁に連絡することで公私の区別がつかなくなり、中にはストーカー行為に発展するなど、経営者の知らないところで職場の人間関係がおかしくなってしまうことがある。
こうしたケースでスタッフから相談を受けた際、院長が、問題のある職員に注意する旨を伝えると、「注意しなくてもよいし、相談をしたこと自体、黙っていてほしい」と言われることがある。その理由は色々考えられるが、例えば、当事者同士がかつて交際していたり親密な関係にあり、SNSの件を通じてそうした過去が周囲にばれることを避けたいと考えているのかもしれない。また、公私混同したSNSのやり取りをしてしまっていたことに相談者が負い目を感じていたり、相手からの報復を恐れていることもある。しかし、経営者に対して「相談に乗ってほしい」と伝えてきたこと自体、何とかしてほしいというメッセージでもあることも忘れてはならない。
このような相談を受けた場合、当の職員とも十分話し合った上で、基本的には相手方の職員を呼び出して注意をし、程度によっては懲戒処分を課すことも検討すべきである。たとえ業務外の行為であったとしても、日常的な業務に支障が生じているような場合は業務の延長線上のこととして考えるべきであり、業務外の行為はいかなる場合も不問ということにはならない。