そもそも経営者には、職員が働きやすい環境を整える義務が課せられている。これは、「職場環境配慮義務」と一般的に言われ、セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントを巡る裁判でもよく用いられているキーワードだ。「福岡セクシャル・ハラスメント事件」の福岡地裁1992年4月16日判決では、「職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務」を怠ったとして、会社側に損害賠償を命じている。
もっとも、相談を受けたからといって、相談者の言葉のみを信じるのではなく、状況や背景を当事者双方に公平に確認しなければならない。ケースによっては、相談者側が自分にとって都合の悪い部分を隠していることもある。双方の言い分が異なる際は、当事者の了解が得られれば、実際にやり取りをしていたSNSの記録を見せてもらうとよいだろう。どのタイミングでどんな反応をしたのかといったことが克明に分かるため、冷静かつ客観的な判断がしやすい。
その上で、相手方に明らかな非があれば、相談者が迷惑をしていることを伝え、万一業務上の無視や嫌がらせなどの報復を行った場合、処罰をする旨も併せて伝えておく必要がある。同時に、過度なストーカー行為は、ストーカー規制法(ストーカー行為等の規制等に関する法律)の対象であり、警察による解決に導かざるを得ないと伝えておくことも視野に入れておきたい。実際に警察に解決を委ねるのは最終手段となるが、早い段階から本人に警告しておくことは、行為がエスカレートするのを防ぐ上でも有効である。
Aクリニックの事例では、その後、社会保険労務士のアドバイスに基づき院長が事実確認を行った。C男は迷惑行為であった旨を認め、反省の意思を示したため、院長がSNSのやり取りを実際に確認することはなく、C男に対しては口頭で注意。今回の件を理由として、B子に業務上の無視や嫌がらせなどの報復をしないよう念押しした。
また院長は、今回の件は、SNS利用に関する院内ルールが不十分だったことも一因と考え、SNS利用に当たってのガイドラインを作成。業務外の連絡を含め、同僚が不快と感じているにもかかわらず執拗にメッセージを送り続けてはならない旨を盛り込んだ。さらに、休日や深夜の連絡はパワハラにつながりやすいことから、客観的に見て緊急性がない場合は業務連絡してはならないことも明確化した。
その後はC男から執拗なメッセージは届かなくなり、B子は以前のように生き生きと働いてくれるようになったという。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。