2人のヒアリングの後、院長は再度B美を呼んでこう伝えた。「採用が決まったとき、スタッフたちに対して、即戦力の経験者が入職し、皆の負担軽減になるだろうということを少し大げさに伝えました。そのため、職員の期待が高くなり、今のようなことになってしまい、申し訳なく思っています。誰でも入職した際は、その職場でのやり方は初めてなのだから、初心に戻ってメモを取ったり、分からないことは聞いたりしてミスをなくすようにしてほしい。C子とDにも、快く教えるように伝えてあります」。

 すると、B美は「院長のお心遣いには、感謝します。メモを取らなかったことは反省しています。ですが、もう続ける自信がありません。C子さんとDさんの顔を見ると、心臓がドキドキして萎縮してしまい、自分が何をやっているのか分からなくなります。このままでは体を壊しそうなので、辞めます」と言い、1カ月後に退職していった。

今回の教訓

 A整形外科クリニックの職員は若い人が多く、高い理想とプライドを持って仕事をしており、自分たちの基準に達しない職員にはどうしても厳しくなる傾向があったようだ。こうした職場に自分たちより年上の経験者が入ってくると、「できて当たり前」という雰囲気になり、期待された役割をこなせないと、より厳しい態度で接することになりやすい。

 院長がB美の能力について過大に期待をさせるようなことを言った点は反省材料といえるが、新入職員に対する職場での教育、指導の体制にも改善の余地があった。業務を遂行する中で、その都度やり方を教え、メモを取ってもらう方法は一般的に行われているが、教えるべき内容に「抜け」が生じたり、多忙なときにはメモを取るのが難しいこともある。

 その点、業務内容をマニュアル化し、新人でも業務フローやポイントが分かるようにしておくことは大切だ。マニュアルに記載がある事項であれば、逐一メモを取らなくても後で参照できるし、先輩にその都度尋ねなくても済むようになる。

 誰でも最初は、その職場では「初心者」なのだから、早く仕事を習得してもらえるように効率的に教えないと、「ついていけない」と言って辞められて次が育たず、結果的に既存の職員たちを苦しめることになりかねない。

 なお、A整形外科クリニックではその後、OJTによる新入職員の指導マニュアルを作成。それに基づいて、教育担当のスタッフが指導することにした。B美の後に入職してきたE子は、マニュアルに基づく指導を受けて業務を比較的早く覚え、今では貴重な戦力となっているという。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、社会保険労務士法人 第一コンサルティング代表)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社、2018年10月より現職。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。