職員の育成は、クリニックの安定経営と成長には不可欠であり、特に部門のリーダーや、リーダーを支えるスタッフが自らの役割を果たしてくれれば、院長にとって心強い存在となる。院長としては、そうしたリーダー格の職員は、自身の想いやクリニックの将来像についても十分に理解し、改めて伝えずともベクトルを合わせてくれていると考えることが多い。しかし、実際にそうなっているかどうかは、院長がどのように伝えているかによるところが多く、実は方向性を共有できていないケースも少なくない。

トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 郊外に開業して10年余りのA内科(無床)は、院長と看護職員5人(うちパート職員3人)、事務・受付職員3人(うちパート職員2人)で診療を行ってきた。看護師長は、開業以来リーダーとして勤務し、診療のみならず院内の様々な業務をまとめてくれていたが、家庭の事情で退職することとなった。

 院長は「院内に動揺が生じるかもしれない」と懸念していたものの、幸い大きな混乱はなく、周囲のスタッフの要望もあって、もう1人の正職員である看護師Bにほとんどの管理業務を引き継いでもらうことにした。Bは勤務して6年以上が経過しており、院長自身も気心が知れたスタッフとして一定の信頼を置いていたこともあって、Bが後継として適任と考えた。看護スタッフの不足が生じた点については、人材紹介会社からの紹介によりパート職員を1人増員し、勤務時間についてもシフトの調整によって対応できたため、院長は一安心した。

 ところが、看護師長の退職から2カ月ほど経過したある日、院長はパート看護職員の1人から、「Bさんに、もっとしっかりしてほしいと言ってもらえないか」という訴えを受けた。院長には職員間でトラブルが起こっている様子は感じ取れなかったし、診療業務が滞っているわけでもなかったが、詳しく話を聞いて状況を把握する必要があると考え、休憩時間を利用してパート職員と面談を行った。

スタッフたちがBさんに抱いた不満

 その職員によれば、日常業務の分担や簡単なシフト調整などでBに相談したり、指示を求めたりしても、「今まで通りにやってくれればいいから」「私には権限がないから、みんなで相談して決めて」などと答えるだけで、対応してくれないとのこと。「看護師長の仕事を引き継いだのだから当然やってくれると思っていたのに……」と、不満そうな表情だった。他のパート職員も同様に感じているという話を聞き、院長は困惑しながらも「Bさんと話をしてみるから」と約束した。

 院長としては、Bは長く勤務していて、自院の診療理念や院長の考え方を共有できているものと思っていた。今回、看護師長の業務を引き継いだことで、今度は自分がその役割を担うものと理解してくれているはずだと考えており、Bの考えを確かめたいと思った。

 院長はその日の業務終了後にBとの面談を実施。看護師長退職後の業務で困っていることがないか、他に最近気付いた点はないかを尋ねた後、「今後の診療所運営の方向性について相談したい」と話し、パート職員からの要望を説明した。

 周囲の職員はBからの指示を期待していること、これからはBがリーダーとなって診療所の運営を回してほしいことなどを率直に話したところ、Bは「私は看護師長の仕事は引き継ぎましたが、全体を取りまとめる役割を担ってほしいとは言われていませんし、いろんな責任は負いたくありません」と語った。院長は意外な印象を受け、「看護師長の仕事を引き継いだ以上、責任も伴うものだと思わなかったのか」と再度尋ねたところ、「そういうつもりで働いていたわけではないし、こちらも都合があるので責任が重い仕事は遠慮したい」との回答だった。

 院長は大変残念に感じ、詳しく理由を聞くことにした。するとBは、「長く看護師長とともに良い環境で勤務できたこともあって、診療所が目指す医療の実現に向け協力したいと思ってきました」と前置きした上で、「看護師長の退職で業務を引き継いだといっても、その役割や責任まで担うとは認識していませんでしたし、看護師長からも特に申し送りはありませんでした」と続け、「何も聞いていないし、それならそれで、はっきり言ってもらわないと分かりません」と困惑気味に語った。