Illustration:ソリマチアキラ

 ボクは最近、A薬局を買収した。開局は5年ほど前で、スタッフはパート薬剤師や事務職員も含めて10数人。近くに複数の診療所があり、面の処方箋も多く受けていたのが魅力だった。

 実は、ボクの前にもA薬局を買いに来た会社が2、3社あったらしい。価格の問題もあるが、買い手企業の社長のことを、A薬局のオーナー社長のNさんが気に入らなかったことが、破談の最大の原因らしい。「馬が合わなかった」とNさん。M&Aには、そんな面が少なからずある。

 Nさんはボクよりも2歳年下で、元製薬会社の営業マン(当時はプロパーと呼ばれていた)。同じ古き良きプロパー時代を過ごしたNさんとうまくやることは、ボクには朝メシ前。半年くらいかけて宴席を何度か持ち、ボクに薬局を譲ると約束してくれた。

 そこで通常のM&Aの手順通り、仲介会社を入れてA薬局の調査を実施したが、どうも捉えどころがなく、不明点が多い。「薬局を見たい」と言っても、Nさんは何かと理由を付けてボクを薬局に寄せ付けない。社員のことや定着率、給与体系などを聞いても、「大丈夫だから」の一点張り。

 仕方なく、薬剤師2人を店舗のヘルプと称して送り込んだ。調剤内規は? 手順書は?就業規則は?医療機関との関係は? ─。いろいろ調べようとしたが、社員に阻まれ、あえなく“ 隠密行動”は失敗に終わったが、どうやら懸念していた通り、規則や書類はほとんど整備されていないようだ。

 おいおい、やばいんじゃないか、この薬局は……。うすうす感じていたことが確信に変わった頃には契約日が迫っており、後戻りできない局面になっていた。

 ボクの会社のメインバンクの会議室で、Nさんともう1人の役員(株の保有者)に保有株数に応じた金額を振り込んだ。入金が確認されて、臨時株主総会を開き、ボクが社長に就任。当然、銀行の通帳、代表印、オフィスの鍵など、ありとあらゆるものを引き渡してもらう必要があるのだが、ないものがちらほら。そもそも薬局の入り口のカードキーは、過去に何枚発行して誰が持っているかも分からないという(とほほ……)。

 7月1日、ボクは初めて薬局に足を踏み入れた。が、誰一人挨拶をしない。

 その日はNさんが調剤室の入り口に立って、ボクを紹介し、薬局の将来を思って、ボクの会社と業務提携したと話した。Nさんが熱弁を振るっているにもかかわらず、スタッフは皆、作業をしながら聞いている。うーん。こんなことだからダメなのだ、この薬局は!

 ボクは翌日、誰よりも早く薬局に行き、全員が出社したのを見計らって、「ハイ、全員立って! 今から朝礼をします」と叫んだ。「なんだ、この人は?」という刺すような視線を浴びて、アウェイ感満載だったけれど、ボクは負けずに、「挨拶から始めます。おはようございます」と元気いっぱいに叫んだ。

 いい薬局を作るには、「患者さんや地域のために、全員が1つになって頑張ろう」という意識を、全スタッフに浸透させる必要がある。社長の話を、“ながら仕事”をしながら聞いているようでは、そんな組織にはなり得ない。

 心を1つにするには、まずは挨拶!我ながら昭和の人間だと思うが、まずは第一歩。このグダグダ薬局を、質の高い医療サービスを提供し、地域で愛される薬局に、3カ月で生まれ変わらせてみせる!

 ボクのアツい夏が始まった。 (長作屋)