A内科クリニックは、関東地方の北部で開業しておよそ15年になる。スタッフ数は常勤看護師1人、常勤受付1人、看護助手兼受付のパートが4人。
開業してからの数年間はスタッフの定着が悪く、全てのスタッフが入れ替わったりしたこともあったが、ここ数年は、ベテランの看護師B子が、院長と職員の間の小さなすれ違いや、いざこざをうまく収めてくれている。院長は、労使トラブルに巻き込まれることなく、平穏に日々を過ごしていた。
そんなある日のことだった。午前中の診察が終了し、院長が控え室に戻ろうとしたところ、看護助手のパートC美に呼び止められ、「無期転換申込書」と書かれた書面を手渡された。「有期雇用が5年を超え、無期雇用に転換してもらいたいので、よろしくお願いします」とC美。院長は、とりあえず書類を受け取ってその場をやり過ごしたが、何のことやら分からず、知り合いの医師に紹介してもらった社会保険労務士に電話をしてみた。社労士からは幾つかのアドバイスが得られたが、院長にとって初めて聞くことばかりだった。
60歳以降は更新しないつもりだったが…
2013年4月1日以降の有期契約が繰り返し更新され、通算5年を超えたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない契約(無期契約)に転換されるという。C美の場合は、既に1年契約を更新し続けて6年が経過しており、今回の契約満了日の翌日から期間の定めのない労働契約に変わり、院長側は、拒否することはできないとのこと。ただし、無期契約になるとはいっても、自動的に常勤に移行するわけではないので、これまで通りパートの待遇で雇い続けることは可能との回答だった。
院長は電話を切って、頭を整理していた。C美は現在58歳であり、院長としては60歳まで契約を更新し、それ以降は更新しないつもりでいた。A内科クリニックでは、パートの定年に関する規定を設けていなかった。常勤職員については、定年は60歳(最長5年間の再雇用あり)で、それに準じて60歳で辞めてもらおうと考えていたのだ。
現在のスタッフは30歳代と40歳代がほとんどで、定年を真剣に考えることはなかった。C美が58歳で期間の定めのない契約になれば、定年なしにエンドレスで働けるということになるのかと不安になった。また、別のパート職員E江は、現在2年目のスタッフだが、遅刻や欠勤が多く、仕事の覚えも良くないため、他の職員が頭を抱えている。E江も契約期間が5年を超えたら、無期転換しなければならないだろうか——。
常勤の定年規定をパートにも適用
後日、院長は、紹介を受けた社労士に来てもらい、C美から無期転換申込書を渡されたこと、E江の現状と自分の意向を伝えた。すると、以下のような対応をしてはどうかと提案された。
まずC美については、(1)無期転換をした上で、現在の常勤の定年が60歳であることから、C美にもそれを適用したいこと、(2)その後は、常勤と同様に1年ごとの再雇用を行い、65歳までの雇用を保証すること——を伝える。E江については、次回の更新時に、勤怠の状況が不良であることと、仕事の覚えが良くないことを注意し、それが改善されない場合は、その翌年の更新をしない旨を雇用契約書に明記するようアドバイスを受けた。