院長とBが再び面談の時間を持つことができたのは、Bの有給休暇や休日を挟んだこともあって、約1週間後のことだった。

 院長は第一声から、「なぜ悪口を言うのか? 何が不満なのか! 直接私に伝えればよいだろう!」と攻め立てる口調で強く問い詰めた。すると、「そう言っているのは、本当に私ではありません。告げ口するようで言えませんでしたが、悪口を言っているのはCさんです」という。

 これまで把握していた事実とは異なる突然の話に院長は困惑し、本当かどうかを何度も尋ねたが、Bの主張は変わらず、何ら解決の方向性を見いだすこともできないままにその日の面談を終えることになった。

 院長は、再度C以外のスタッフから話を聞くことにした。Bの言い分とCから聞いた話を踏まえて、それぞれに本当のことを話してほしいと伝えると、何人かが「実は……」と真相を語り始めた。判明したのは、「Cが院長やクリニックの悪口を言っている」ということと、Cから「Bの言動だということにしておくように」との圧力があったという事実であった。

今回の教訓

 Cからも改めて話を聞く必要があると感じた院長は、Cとの個別面談を実施。しかしここでも、初めから叱責する口調で問い詰めてしまったため、Cはその場で退職する旨の意思を告げた。Cは事実関係を認めず、結局、Cの不満の原因も、Bのせいにしようとした理由も分からないままとなってしまったのである。

 この件から約3カ月後、今度はBが退職を希望してきた。院長は自身の誤解から不快な思いをさせたことを詫び、誠意を持って対応したのだが、慰留に応じることはなく「円満退職」でAクリニックを去っていった。

 それから時間が経過し、院長は、自分自身がBやCと個別にコミュニケーションを持つ機会がどれほどあっただろうか、という後悔の念を抱いた。Cが自分やクリニックに不満を持った理由やきっかけ、職場での人間関係の問題を把握できなかったことが大いに悔やまれ、また、他の職員にも同じような不満や悩みが生じているのではないかとの不安も感じた。

 「うちは大所帯ではないから大丈夫だろう」という油断があったのかもしれないと院長は感じた。それと同時に、BにもCにも叱責のように問い詰める面談しかできなかったことを含めて、自身に未熟な点があったことを大いに反省した。

 Cの退職により事務リーダーは不在となったが、残ったスタッフと新たに採用した経験者の頑張りによって、Aクリニックは安定して診療を継続できている。院長はそのことに感謝しつつ、今後は管理者として、また経営者としてスタッフ個々の状況に目を配り、不満や不安を募らせることなく働ける環境を整えなければならないとの思いを新たにした。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。