開院当初は職員の色々なところに目を配ることができた診療所院長も、患者やスタッフが増えてくると、信頼できるリーダーに任せる機会が多くなったりして、個々の職員とのコミュニケーションが希薄になってしまうことが少なくない。

 それでも、医療安全に影響するような大きなトラブルがなければ、クリニックの診療継続に障害はないことから、問題がない状況と捉えてしまいがちだ。しかし、実は院長が把握できていないだけで、クリニックの運営面で深刻な状況となっていることもある。

トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 市街地に近いビルの3階で開業するAクリニック(無床)は、院長と看護職員3人(うちパート職員2人)、事務・受付職員3人(うちパート職員2人)で診療を行っている。開業して8年余りが経過し、定期的に通院する患者も徐々に増えて経営が安定しつつある状況だった。

 ある日の昼休みに、院長は事務職員Bが1人、待合室の一角で昼食をとっているのを見かけた。スタッフたちは皆、そろって食事をしていると聞いていた院長は不思議に思い、「今日は1人で食べているの?」と尋ねたところ、Bは「私、最近なぜか仲間外れにされていて」と答えた。驚いた院長は「後で話を聞くから」と伝え、とりあえずその場を離れた。

 翌日、院長はBに声を掛けて面談を行うことにした。現状について尋ねると、Bからは、「他の人はいつも院長先生や、先輩たちの悪口を言っている」「おそらく私が反論したことが気に入らないので、仲間外れにされているのだと思う」などの話があった。具体的にその悪口がどのような内容だったのかを確認しようとすると、「私からは言いたくありません」と拒み、結局、詳細を把握することができなかった。

「自分から私たちを遠ざけているんです」

 Bは入職4年目で、勤務態度に問題はないように見え、周囲のスタッフとの関係も、おおむね円満であるものと思っていた。院長は、B自身に院長や診療所運営、同僚への不満があるのではないかと考え、言葉を変えて繰り返し尋ねたが、Bは「自分は仲間外れにされている」「理由は分からない」と言うばかりだった。

 院長としては、スタッフは全員仲良く業務に就いてくれていると信じており、陰口や悪口を言ったり、誰かを仲間外れにしたりするような状況にあるとは全く気付かず、職員個々に話を聞く必要があると感じた。

 最初に院長は、開院当初から勤務している古参の事務リーダーであるCと面談することにした。Cに対しては、率直に最近のBの状況について確認することが必要と思い、「Bさんが仲間外れのような状況にあるのは事実なのか?」と尋ねた。するとCからは、思いがけず「いいえ、Bさんは自分から私たちを遠ざけているだけです」という回答があった。

 よく話を聞いてみると、みんなで昼食を囲んでいるときなどに、院長やその日出勤していないパート職員の悪口を言っているのは実はBだという。職員間の雰囲気が悪くなるため、周囲がやんわりとたしなめていたものの、次第に強い口調で反発するようになり、日常業務でのやり取りに支障が生じることもあったらしい。そうして、Bは自ら周囲の職員との関わりを避けるようになり、孤立してしまっているとのことだった。

Bと改めて面談することに

 院長は、自分の悪口を言われていることに怒りを感じ、また困惑しながらこの話を聞いていたが、「Cのみの話や印象だけで判断することはできない」と思い直し、パート職員を含めて順に全員と面談した。その結果、Cから聞き取ったようなことを、B以外の職員全員が異口同音に語った。

 院長は、業務に支障が出る状況とあっては看過することはできず、職員の人間関係のもつれを解消するため自ら介入することを決意。把握できた事実と対応について考えを巡らせた。そして、まずはBがなぜ自分や周囲の職員に対する不満を口にするようになったのか、原因を確かめなければならないと思い、Bと再度面談することとした。しかし、事態は思った以上に複雑であった。