また社労士は、B子の残業代について「昼休みも当番をしていれば、休憩とは言えませんし、夜の診察が長引いたときの残業代が支払われていません」と問題点を指摘。残業時の1時間当たりの単価(残業単価)を一律1600円としていた点については、「現在の月間の総支給額28万円を月平均所定労働時間150時間で除し、2割5分増ししますので、B子さんの時給単価は2333円となります」と運用面の誤りを指摘した。有給休暇に関しては、B子が7年勤続のため、年20日付与される旨を説明。院長が高齢で休診日が多いことから、夏冬の休みに5日を計画的に付与することを本人に提案し、協定届を結べばよいのではないかとアドバイスした。

B子が見せた晴れやかな笑顔

 院長は、自分が勤務医だったころに有給休暇を取ったことがなく、残業代をもらったという記憶もないため、言われていることがよく分からなかったが、アドバイスに従って労働条件の改善を進めることにした。そして、労働条件見直しなどの説明を行うため、B子との面談の機会を設けた。

 面談当日、同席した社労士が、給与額の引き上げのほか、残業時間の計算方法の変更、残業単価の引き上げを行うことを、新たに作成した労働条件通知書を基に説明した。看護師業務以外の事務作業については、他の事務パート3人に担当してもらうこととし、引き継ぎを指示することを約束した。

 昼休みの電話当番は、パートも含めた輪番制に変更。有給休暇については、夏冬の長期休みに5日取得することに本人も同意し、計画年休の協定にサインをもらうことができた。A院長はB子に「私が労働関係のルールに疎く、不信感を抱かせてしまって申し訳ない。今後は、専門家に相談して、働きやすいクリニックにしていくように努めるから、ぜひこれからも長く勤めてほしい」と伝えた。B子は「ありがとうございます。これからもお願いします」と晴れやかな笑顔を見せた。

 クリニックはどこも人手不足で、スタッフの採用は超売り手市場だ。世間相場を考慮した給与水準の見直しや、法改正に合わせた労働条件の見直しをしていかないと、労働条件の水準の高いクリニックに見劣りし、優秀なスタッフに辞められかねない。今回紹介したケースでは、スタッフが辞める前に話をしてくれたことで、結果的に退職を食い止められたが、多くは何も言わずに辞めてしまう。職員の要望や不満をキャッチするために定期的に面談を行うこともお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、社会保険労務士法人 第一コンサルティング代表)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社、2018年10月より現職。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。