Illustration:ソリマチアキラ

 今回は、ボクのかなりプライベートな話だ。ボクの母はご先祖様をとても大切にする人で、物心がついた頃から「墓参りだけは欠かしてはいけない」と厳しく育てられた。だから子どもの頃は春秋のお彼岸、お盆と正月はもちろん、事あるごとに墓参りに行っていた。

 ボクのうちは、それなりに立派な浄土真宗のお寺さんの檀家だ。墓地には様々な墓があるが、墓の位置や大きさ、しつらえなどから判断するに、うちの墓は“中の上”ランク(ご先祖様、ごめんなさい)。上ランクの墓としては、うちの墓の隣にある通称「伍長さんの墓」だ。「伍長〇〇の墓」と書かれた墓石はゆうに3メートルはあった。


 そして、その伍長さんの墓の向こうにはボクの小、中学校時代の同級生のT君の墓がある。彼は、中学3年生のときに白血病で亡くなった。亡くなる前のある日、T君がボクのあだ名の由来を聞いてきた。ボクはそのとき、「なんでだろうね」と言ってごまかした。 あだ名の由来が格好悪くて、答えたくなかったからだ。でもそれっきり、ボクはT君の疑問に答える機会を失った。ボクは墓参りに行くたびに、T君の墓に手を合わせて「あのとき答えなくてごめんね」と謝っている。

 話を戻そう。伍長さんの墓が上ランクである理由は大きさだけではない。うちの墓にはない、立派な墓誌が建っているのだ。墓誌とは、埋葬されている人の名前と没年月日などが書かれた石板で、墓誌を見れば先祖代々の人々の営みが分かる。ボクたちが「伍長さんの墓」と呼んでいるのも、墓誌に「陸軍伍長」と書いてあったからだ。こうして生きた証が残っていくのだ、とボクは墓誌に憧れていた。


 そんな伍長さんの墓が、正月に墓参りに行ったら、なんと、跡形もなく、忽然と消えていた。驚いて住職に聞いたら、「墓じまいです」と寂しげに教えてくれた。子どもたちは皆、都会に出てしまい、墓を守る人がいなくなり、都会の霊園に移したのだという。


 実はボクも何度となく、墓じまいを考えていた。10年ほど前に父が亡くなり、当時は母を連れてよく足を運んだが、今となっては年老いた母を連れて行くには遠過ぎる。もし母が亡くなったら、足しげく通ってあげたいが、実家に帰るのは年に1、2回がやっと。最近では、近場で良さそうな霊園の広告を目にして、じっくり眺めることが増えていた。


 しかし、しかし、だ。うちの墓の隣の土地がぽっかり空いているのを見た瞬間、ボクの心の中にムクムクと何かが沸き起こった。うちの墓はそろそろ建て直さなければならないと思っていたが、隣の土地があれば、上クラスの墓にできる。そして、ボクの憧れの墓誌も建てられるではないか!ほ、欲しい!! ボクは即、住職に土地の権利はどうなっているのか、買うとしたら値段は幾らくらいかと聞いていた。


 え?墓を移す話はどうなったかって?いや、だって隣の土地が空いたんですよ、墓誌の建つ上ランクの墓ですよ!将来、息子の息子の息子くらいが、「この立派なお墓は誰が建てたの?」と親に聞いたときに、「ほら、この長作屋というご先祖様よ。薬局を経営する会社の社長さんで、とても立派な人だったわ」と言って墓誌を指さすに違いない。そろそろ生きた証拠を残したいと思うボクなのであった。(長作屋)