それぞれのグループの回答は、共通の質問に対しては「特にない」というものだったが、グループごとに変えた質問に対しては、幾つかの意見が出た。以前からのスタッフたちは「(新しいスタッフとは)特に細かく深く話はしないが、問題はないと思う」と語った。一方、新規採用スタッフからは、「前からいる人たちとは仕事のやり方が違うが、そのまま続けてくれればよい」との声が上がった。A院長が気になったのは、「仕事のやり方が違う」という新規スタッフの言葉だった。

「今までのやり方に合わせてほしい」が発端?

 A院長としては、これまでの業務のルーティンを継続することを容認。既存のスタッフには、やりやすい方法で業務を進めてもらいつつ、新規に採用したスタッフは、それに順応しながら新しいやり方を生み出してくれることを期待していた。しかしながら、グループに分かれてしまったことで、両者が高め合う関係を構築することが難しい状況になっていた。

 なぜ、双方に溝が生まれてしまったのか──。A院長自身が、少しずつスタッフ個々と話をする機会を持つようにすると、半年ほど前に、ある既存スタッフから、「今までこれでやってきて問題はなかったのだから、そのやり方に合わせてほしい」という発言があったことが分かった。そのころから双方がギクシャクし始め、日常会話も挨拶程度となり、業務上の申し送り以外はグループ間で話す機会もなくなっていったという。

 A院長は、このまま放置すると感情的な衝突が生じる可能性があり、何とか「One Team」になれる方向性を見つけ出したいと考えた。そこで企画したのが、スタッフ全員による研修会。テーマは、日常業務で身近な「接遇・マナー」や「待合室の過ごし方への配慮」などで、スタッフそれぞれが経験を発表するというものだ。発表内容は、A内科クリニックでの経験に限らず、前職や患者として受診した医療機関での出来事も含めてよいこととし、様々な視点からの意見を求めることにした。パート職員もいて長時間拘束できないことから、実施する時間帯に配慮しつつ、30分程度の研修会を定期的に繰り返すことにした。

 研修会を企画したのは、両グループのスタッフ同士が会話をするきっかけを作らないと、事態が好転しないと考えたからだ。実際にコミュニケーションを取り、自分たちが思っていることを互いに話してみると、相手に対して抱いていた違和感が薄れたり、意外な一面を見て印象が改まることや、時には共感を持つことは往々にしてある。そうした効果に期待したのだった。もちろん、スタッフたちが様々な提案をしてくれれば、業務改善につながるとの考えもあった。

日常業務でもコミュニケーションが増える

 スタート時は、発表するスタッフ以外からの発言はほとんどなかったが、回数を重ねるごとに「他にもこのような対応があったのでは」「他のクリニックではこうした配慮があった」など、少しずつ意見や感想が出てくるようになり、今では「当院ではどのような対応が最良なのか」という観点からの議論に進むことも増えてきた。

 A院長は、今回の件を通じ、開業後の多忙な状況の中、自身の心配りが不足していたことを痛感した。幸いなことに、双方のグループのスタッフが、それぞれの考え方を伝える場ができたことで、日常業務においても以前と比べてコミュニケーションが図れるようになってきた。

 A院長が理想とするクリニック運営を実現するためには、より良くしようとする日々の取り組みやコミュニケーションを積み重ね、継続することが何より重要だ。数年後には、理念の実現に向けた意識や取り組みのベクトルを、スタッフ全員で共有できることを願いつつ、A院長は日々の診療に取り組んでいる。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。