病院での勤務経験を積んでいるうちに、自身で開業したいという思いを持ち始めたところ、知人や先輩に「後継者を探している」と言われ、承継開業に向けて具体的な検討を始めるケースは少なくない。

 事業承継でも、当然ながら様々な面での準備や労力は必要となるが、ゼロから始める開業と比べると、既に通院している患者の継続受診が見込めたり、新たなスタッフ採用の負担が軽減されるなどのメリットがあるケースも多い。ただ一方で、承継前には想定していなかったトラブルが顕在化することもある。

トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 郊外の住宅地に戸建てで開業するA内科クリニック(無床)は、A院長が大学の先輩である前院長から承継し、院長と看護職員5人(うちパート職員2人)、事務・受付職員4人(うちパート職員2人)で診療を行っている。前院長は健康上の理由から、盛業のうちに勇退を決めたこともあって、患者数などの面で特段の問題もなく円滑なクリニック承継を果たすことができた。

 承継によりクリニックの名称は改めたものの、開業から1年余りが経過しても、前院長が診ていた患者の多くが継続受診し、少しずつ新規患者も増えている状況であった。体制が落ち着いてきたと感じたA院長は、そろそろ自分自身の理念に裏打ちされたクリニックのカラーを打ち出したいと考え、院内のルールづくりや業務体制の整備に着手しようとした。

 その下準備のため、スタッフに対して「クリニック全員で取り組もう!」と声掛けをしたのだが、スタッフの誰からも良い反応が得られなかった。逆に、前院長時から在籍するスタッフからは「今のままで、いいんじゃないですか?」との言葉もあり、A院長は自分の想いが伝わらないことに意気消沈してしまい、「まだ時期が早かったのかもしれない」と考えた。しかし、その裏では、A院長が気付かなかったトラブルが生じていたのである。

グループ間では最小限の会話のみ

 A院長が承継した際、それまで在籍していた正職員・パートとも半数が退職し、同じ人数を新たに採用する形で開業した。全員引き継ぐつもりだったのだが、家庭の事情や経営者交代などを理由に半数が退職の意向を示し、円満退職として去っていった。結果的に十分なスタッフ数を確保でき、クリニックを熟知しているスタッフが残留してくれたこともあって、A院長はまずは安定した船出だと思っていた。だが実は、承継前からいるスタッフと、新たに採用したスタッフの間には、人間関係に大きな溝ができていた。

 それを知らないA院長は、スタッフ全員に自身の想いとビジョンを伝え、接遇などの院内ルールの整備に向けた取り組みを促したが、やはり一体感が得られない。原因は自らの力不足ではないかと思ったが、もしかすると自分が気付いていない問題があるかもしれないと考え、院内の様子やスタッフの業務を注意深く観察してみることとした。

 翌日、スタッフはそれぞれの日常業務にいそしんでいたが、よく見ると、業務の申し送りや協力の依頼、指示などが、承継前から勤務しているスタッフと新規採用したスタッフの2グループで、それぞれ別個に行われており、双方のグループ間での情報共有は最小限の会話でのみ行われているように見受けられた。幸いなことに、開業以降は特段のインシデントやアクシデントもなかったが、安全面を考えると、スタッフ間のコミュニケーションが取れていない状況は看過できない。管理者としての責任からも、A院長は自ら原因を探り、解決を図らなければならないと思った。

今回の教訓

 まずA院長は、話を詳しく聞く必要があると考え、2つのグループそれぞれに対し、日時を変えて面談を行うことにした。パートのスタッフにも時間を調整してもらい、全員から話を聞くことができるように配慮した。

 双方のグループには、「業務で困っていることはないか」「働きにくいと感じることはないか」「変えた方がよいと感じる点はないか」などと共通の質問を投げ掛け、承継前からのスタッフグループには「新しいスタッフとのコミュニケーションはどうか」、新たに採用した人たちのグループには「前から勤務しているスタッフに対して要望はあるか」という質問も加えた。