イラスト:畠中 美幸

 A診療所では事務職員や看護職員など約15人の職員を雇用している。職員数が増えてきたことから、事務、看護それぞれにおいて1人を主任に任命。リーダーとしての役割を果たしてもらっている。事務、看護いずれのリーダーも現場経験が豊富で、院長も全幅の信頼を置いているようだ。

 ある日の診察終了後、院長は、別室で仕事をしていた看護職員のリーダーB子が「ふざけるな!」と大声で怒鳴っているのを耳にした。驚いた院長が駆け付けると、そこにいたのはB子のみ。他の職員が帰宅した後に、1人残っていたB子が怒りに震えていたのだった。

 普段はあまり感情を表に出さないB子が、ここまで怒っているのは見たことがない。院長が話を聞こうとしたところ、B子は「取り乱してすみませんでした」と謝り、再び仕事を始めた。だが、看過できるようなことではなかったため、院長が「どうしたのか」「何か事情があるのなら教えてほしい」と重ねて尋ねたところ、B子は涙を流して「もう、いい加減にしてほしいです」と訴えてきた。

様々な業務がリーダーに任せきりに

 B子によれば、看護も事務も、ありとあらゆることがリーダーに委ねられ、負担が大きくなっているとのこと。例えば、患者から苦情を受けた際、当の職員はすぐに引き下がってリーダーを呼び、リーダーが終始対応しなければならない状況だった。何か全体で取り組もうとすることについても「そういうことはリーダーがやるべき」との声が上がり、自分や事務のリーダーが受けざるを得ないとのこと。休暇の調整も、職員間でお互いに話し合って取得日を決めるのではなく、「リーダーが調整をしてください」と丸投げされるのだという。

 もちろん、B子自身はリーダーという立場上、多くの任務を担わなければならないことは理解している。だが、自分や事務のリーダーの残業時間が突出して多く、他の職員は定時に帰宅をしている状況を思うと、やり切れない気持ちになり、思わず怒声を発してしまったとのことだった。

 B子は、院長が勤務医時代の同僚で、その働きぶりを評価していた院長が開業時に声を掛けて転職してもらった経緯がある。看護も事務も円滑に業務が回っているように感じられ、表面的にはリーダーたちに悩みがあるようには見えなかった。だが実は、精神的にも肉体的にもかなり疲弊してしまっていることを初めて知り、院長はリーダーの働きに甘えてしまっていたことを反省するとともに、改善策を急いで講じなければならないと感じた。

今回の教訓

 一般的に職員数が多い診療所では、現場の業務を円滑に回すため、それぞれの部門に主任などの呼称でリーダーを配置している。部門メンバーの勤務調整のみならず、全体的な業務の調整においても、こうしたリーダーが存在しないと院長が全てに対応しなければならない。組織の円滑な運営のため、適切なリーダーを配置することが不可欠となる。

 しかし、このリーダー制の運用で苦労している診療所は少なくないのが実情だ。職員の年齢層が比較的若年層で固まっていると、互いへの遠慮から誰もリーダーになりたがらなかったり、任命しても「出る杭は打たれる」ことへの懸念から何もしないケースが目立つ(関連記事:「手当をもらって何もしない」管理職に募る不満)。診療所によっては、「リーダーは輪番制にするべき」といった声が出ることもある。

 一方で、リーダーが経験豊富で年齢も比較的上であるのに対し、その他の職員が若い人たちで構成されているような場合は、一般の職員は様々なことをリーダーにやってもらうのが当然と考え、リーダーが疲弊していることが少なくない。A診療所は、まさにそうした状況に陥っていた。

 筆者の感覚では、何事もリーダー任せにしてしまう職員の中には、普段の生活においても同居している親などに物事を任せきりにしていて、自分が最終判断し最後に責任を負うという経験を積んでいないように感じられることが多々ある。自分自身で責任を負うことに慣れていない職員が職場内にいて、そのことで業務に少なからぬ支障が生じているのであれば、体制を一部見直すなどしてリーダーの負担を軽減していかないと、リーダーが疲弊し、体調を崩したり離職してしまう恐れもある。

A診療所で導入した「ペア制」の狙い

 対策として、まず正職員やリーダーの役割を明確にすることが求められる。例えば患者から苦情を受けた際、長時間、執拗に苦情を言われた場合や「責任者を出せ」と言われたケース以外ではリーダーに投げないといった具合だ。患者満足度とのバランスもあるので、一概に線を引くことは難しいが、何らかのルールは決めておきたいところである。

 また、業務面の企画を実行する際も、その企画においてリーダーがやることとやらないことを決めておき、基本的に他の正職員に任せるといったようなルールを設けておくことが必要だろう。

 結局、A診療所では「ペア制」というルールを創設し、これまでリーダーがカバーしていた業務の一部について、2人の職員がペアになって取り組んでもらうことにした。例えば、職員CとDが常にペアとなり、Cが患者からの苦情対応をしなければならない状況となればCとDが一緒に対応するといったような方法だ。リーダーは最初から関わるのではなく、状況を見ながらフォローを含めて対応する。

 本来であれば、何かの取り組みをする際には特定の個人が責任を持って仕切ることが望ましい。だが、A診療所の職員に、いきなりそれをやってもらうのは困難だと思われ、ペアを組んでお互いに協力しながら対応してもらうようにしたのだ。

 さらには、重責を担っている2人のリーダーの働きに報いるため、リーダーとして支給している手当の金額を2倍に増やした。その後、「ペア制」の運用は順調に進み、リーダーの残業時間が減少。B子には笑顔が戻ってきた。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。