イラスト:畠中 美幸

 A診療所は職員数が10人程度の耳鼻咽喉科診療所で、和気あいあいとした雰囲気がB院長の自慢である。

 先日、事務職員の離職に伴う人員の補充で20歳代のC子を採用したものの、院長は早くも「辞めてもらった方がよいのではないか」と考えるようになった。今まで採用してきた人材とは明らかに異なるタイプで、1人でいることを好むため、和気あいあいとした雰囲気に水を差しかねないと懸念しているのだという。院長は、雰囲気の合わない職場で働くのは本人のためにならないのではないかとも考えた。

 ただ、1人でいることを好むのは休憩時間や仕事を離れた場であって、日常的な仕事はしっかりとやってくれるし、患者対応が悪いわけでもない。そこで、今後どう対処すべきか、顧問の社会保険労務士に相談を持ち掛けた。

昼の休憩時間に同僚の話に加わらず

 「ぼっち飯」という言葉が何年か前にマスメディアによって大きく取り上げられたことがあった。大学生などが1人だけで昼食を取ることを指し、友だちや仲間がいないことを悟られないようにトイレの個室で食事をするといった行動がクローズアップされた。

 実際、トイレの個室内などで昼食を取る学生も存在するようだが、一方で、マスメディアがそうした行動を奇異なものとして取り上げることに対して、「無理に友人や仲間を作らなくてもよいのではないか」といった声も少なからずあり、1人でいることの是非や、そうした状況への対応が議論されることも多い。

 A診療所が採用したC子についても同様で、周りとの積極的な交流を避け、1人でいることを好むC子にどのように対応していくべきかB院長は悩んでいた。

 当初は、転職したばかりで組織に慣れないし、緊張も続いているのだろうということで、院長のみならず同僚たちがC子に積極的に声を掛けていた。しかし、昼の休憩時間に職員同士で、テレビ番組の話題や近所のスイーツの店のことなど、楽しそうに話をしていても、C子は「私はいいです」と話に加わろうとしない。プライベートでの誘いも全て断っているので、職員間においても何となくぎこちない雰囲気が出始めていた。

 C子の前職は一般企業の事務職であり、医療事務の仕事は初めてとのことだったが、未経験ながらミスはほとんどない上、知識面の吸収が早い。また、業務外でのコミュニケーションに消極的であるとはいっても、仕事中には、分からないことはその場で周りに聞いているので、自己判断から間違った方法で処理をしたといったようなトラブルも発生していない。看護師との連携もしっかりとやってくれていた。

「協調性の欠如」は解雇理由になりやすいが…

 相談を受けた顧問の社会保険労務士は、B院長に対し、C子を解雇すべきではないし、そもそも解雇させること自体、無理だろうとの見解を伝えた。労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められており、仕事をしっかりとやっている以上、客観的に合理的な理由があるとは言えないためである。
 
 他方で「協調性の欠如」というのは解雇理由になりやすい上、就業規則の解雇理由にその旨を記載するケースもあるが、業務遂行に著しい支障が生じない限り、解雇は難しいと考えなければならない。労働裁判例をひも解いてみると、現場のチームワークを乱す独善的な対応が続き、上長が注意を重ねても改善されないといったような場合は解雇が認められているケースもある。しかしC子の場合は、あくまでも仕事外の話であり、業務遂行時には看護師との連携もしっかりとできているのであれば、協調性の欠如とは言えないだろう。

 結局、B院長は、世の中には色々なタイプの人材が存在しているのだと考えを改め、C子に特段の指導はしないことにした。ただ、C子がいくら周囲と関わることを好まないといっても、それが原因で今後、患者に迷惑が掛かるようなことがあってはならない。そのため、他のスタッフへの指導も兼ねて、A診療所の職員としての行動指針を策定することにした。行動指針では、患者第一の対応を取るための行動として、「患者には適度に声掛けをすること」といった内容を掲げたが、職員間のコミュニケーションを密にするよう強いることのないようにした。

 周りの職員も、時の経過とともにC子との付き合い方が分かるようになり、程良い距離感を保ちつつ仕事をするようになった。1年経った今も、C子はしっかりと働き続けており、職員間のギクシャクした雰囲気は見られなくなったという。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。