イラスト:畠中 美幸

 Aクリニックは大都市部に立地する内科診療所だ。大学のすぐ近くに立地していることもあって、学生がかぜなどで受診することが多く、患者の年齢層は比較的低い。

 事務職員は3人おり、いずれも20歳代前半と年齢層が同じであるためか、お互いの仲が良い。業務における連携もスムーズで、お互いに声を掛けて助け合っており、プライベートでも一緒に出掛けることがあるようだ。院長は他の医療機関の経営者から「職員間の仲があまり良くない」という愚痴をしばしば聞いていたため、自院にはそんなことはまるでなく、職場に一体感があることについて満足していた。

「ゲーム感覚でやっていた」と認める

 ある日、院長は、古参の看護師であるXから「相談があるから時間を取ってほしい」と声を掛けられた。診察終了後に話を聞いてみたところ、その内容は、にわかに信じられないものだった。どうやら事務職員の3人が、来院した男性の患者を「採点」しており、A、B、Cとか、100、50といった数字でランク付けしているのだという。Xが事務職員たちに「そんなことはすべきではない」と注意をしたところ、あからさまな会話はなくなったが、いまだ小声でひそひそと言い合っているとのこと。患者に失礼なので、何とかした方がよいとXは院長に進言した。

 確かに、事務職員がAとかBとかといった話をしていることは、院長も何度も耳にしていた。業務のやり方に関するお互いの暗号のようなものかと思っていたが、よくよく状況を分析してみると、Aとか100といったような掛け声があるときの患者はイケメンといわれるようなタイプの人ばかり。徐々に合点がいくようになると、段々と腹が立ってきて、怒り心頭の状態で顧問の社会保険労務士に相談をした。

 顧問の社会保険労務士からは、「事実であれば厳しい注意・指導が必要」との話があった。ただ、3人まとめて話を聞くと、その場で連係してうまくかわされるかもしれないので、個々に呼び出して状況や事実関係を確認した方がよいとのことだった。

 アドバイスに従って、院長が一人ずつ呼び出して話を聞くと、「会計の処理のやり方です」と全く認めない職員もいたが、残り2人は事実を認めた。話を聞くと、「A」は付き合ったり結婚したいタイプ、「C」は絶対に付き合いたくないタイプで、「50」などの数字は100点満点中の点数とのことだった。その動機については、自分と同年代の患者が日々来院する状況下で、なかなか異性との出会いもない中、高校生のノリでやっており、ゲーム感覚であったことも認めた。

ディスカッションの場を設ける

 幸いにも患者から何か苦情が入ったわけではないが、社労士のアドバイスに従い、院長は厳重注意をした。
 
 ただ、「注意されるからやめておこう」という考え方にとどまってしまえば、本質的な解決にはならない。そこで院長は、全職員を集めて今回の件を伝え、医療人としての心構えについて自身の言葉で語る場を設定。今回のケースは、患者の優先順位付けをするトリアージなどとは性質が全く異なることなどを伝えた。また、話を聞かされるだけでは効果がないと思い、医療人として患者にどう関わるべきかについてディスカッションする場を設け、現場経験の豊富な看護師Xに仕切ってもらった。

 また、今回の件と直接関係があるわけではないが、職員が忙し過ぎて仕事漬けの毎日にさせてしまっている部分があったため、これまで半日休暇としてきた日を終日休める形とし、交替で休暇を取ってもらうことにした。

 現在は患者を点数化するなどの言動は見られないが、念のため就業規則の中の服務規律の部分に「患者を愚弄したり、それに準ずる言動を行った場合」は懲戒処分の対象とする旨を追記した。院長は、就業規則にこうした規定を設けることは、職員を信頼していないようであまり気が乗らなかった。だが、万が一の事態が発生した場合に自院の責任や姿勢が問われるリスクを考慮し、就業規則の見直しを急ぐことにした。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。

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