Illustration:ソリマチアキラ

 2021年度の医薬品卸との価格交渉が進められている。多くの薬局は、各卸の担当者と膝をつき合わせて、いくらまで下げられるか談判するのだろう。だが、ボクのやり方は違う。今回はボクの価格交渉術を披露しよう。

 ボクの会社は、あるエリアでドミナント風に薬局を展開してきた。当社の医薬品購入額は、そのエリアではそれなりのシェアを占める。つまり、各医薬品卸の支店では、当社の薬局からの発注が売り上げ目標を達成する上で大きなカギを握ることになる。

 販売会社では、売り上げ目標(シェア目標)と利益目標の二段構えの目標設定がなされていることが多い。売り上げが目標に達したとしても利益が確保できなければ企業としては成り立たない。しかし、利益さえ確保できれば対前年売り上げを割り込んだり、シェアが低かったりしてもいいわけではない。売り上げやシェア確保も決しておろそかにできない。

 そこで、ボクは卸の支店長(エリア責任者)たちの耳元で甘い言葉をささやく。「売り上げ目標は、手伝うよ」と。そして「その代わり、利益目標は他の薬局で確保してね」と続ける。苦しみは先に延ばそうとするのが人の性(さが)であり、「これでは利益が出ない」と分かっていながらも、利益は年度が終わるまでに何とかすればいいと考える。

 近年、卸は利益が確保できず大変だというが、様々な合理化・効率化を図って利益確保に努めている。こちらも、朝イチ納品をやめて週1 回納品にしたり、検品を廃止して夜間配送に対応したりと業務改善に協力している。

 そして、ボクは医薬品単品ごとに希望購入価格を記載したシートを、取引のある全卸に一斉に提示する。価格交渉は、単品単価交渉が基本だが、表計算ソフトで管理されているため、総値引き率(総薬価差益)も瞬時に分かる。それを持ち帰ってもらい、1 品目ごとに検討して、こちらの希望に近い数字に合わせてきた順に、ボクの会社の医薬品購入のおおよそ38%、次が28%、その次が22%、12%のシェアを割り振っていくというルールだ。

 昨年度は取引シェア最下位だった大手卸のA社が、ボクの提示額よりもわずかだが良い条件を提示してきた。その代わり、使用医薬品の4割をA社で購入してほしいと言う。A社にしてみれば一発逆転、どんでん返しを狙った大勝負だ。「他の卸が同じ数字を言ってきたらどうするか」と聞くと、「他社には無理、あり得ない」と言う。だが、実は昨日、別の卸が似たようなことを言ってきている。さあ、泥仕合の始まりだ。競合することで勝手に値段が下がっていく。

 ただ、7月に入り、様子が少し違ってきている。後発医薬品の交渉をしていくタイミングで、次々と大手の後発品企業が出荷調整を公表してきたからだ。担当者たちは口をそろえて「モノがないんですよ」と言う。「こんなキツい価格交渉されたら、モノを回しませんよ」と言わんばかりだ。モノを止められたら、こちらはお手上げだ。

 しかし、この交渉をできるだけ良い条件で成立させることはボクの大切な仕事なのだ。0.1%の違いが数百万単位の利益へとつながる。社員たちのボーナスをかけたボクの戦いは続く。

 なお、このコラムはフィクションであり、登場人物、団体名等を含み内容は全て架空のものです。(長作屋)