Illustration:ソリマチアキラ

 ボクの実家は、関西の小さな町にある。その町の高齢者施設で暮らす90歳の母親が最近、入院した。

 母は、10年ほど前に乳癌で手術をしたが、最近、「手術したところがゴロゴロする」と訴え、施設の看護師が皮膚科クリニックに連れていってくれた。その看護師が「癌の再発と言われた」と言う。癌の再発……。細胞診もしていない今の段階で、そんな言葉を簡単に口にするな!そう思う気持ちをグッとこらえて「外科で検査をしてもらってほしい」とお願いした。

 病院での検査結果が出る2週間後には実家に戻ろうと思っていた矢先、施設から連絡が入った。8月に入って食事が取れずに体重が落ちているという。

 母の主治医は、町の公的病院の内科部長を長らく務め、2年ほど前に開業したA先生だ。病院勤務時代は朝7時から夜11時まで休みなく病院にいたような人だ。母はこの先生に30年以上にわたってお世話になっている。

 予定を早めて実家に戻り、A先生の診療所に母の様子を聞きに行くと、脱水が見られ、さらに白血球とCRPが上昇しているため、入院させて輸液と抗菌薬を投与すると説明してくれた。

 新型コロナウイルス感染症の影響で、施設も病院も面会禁止。入院手続きのために病院に来てほしいと言われたものの、母を病院に連れていくのは施設の看護師で、付き添わせてもらえない。

 でもボクは、この病院は外来から病棟に上がるには、受付の奥にあるエレベーターを使うしかないことを知っている。そこで、受付で手続きをするふりをしながら待ち伏せ大作戦!母がストレッチャーで運ばれていくのを離れた所から見ることができた。母もボクの姿を認識してくれたように思えた。

 ほんの一瞬だったが、顔が見られたことで少しだけ安心し、入院手続きを終えて施設に立ち寄った。すると、施設のケアマネジャーが飛んできて「お母さん、いかがでしたか」と聞いてくれた。「いい人だなぁ」と思った次の瞬間に、その人は「ターミナルに入りましたね」と言った。耳を疑い思わず「え?」と聞き返すと、さらに大きな声で「ターミナルですよね」と繰り返してきた。母はいつ何があってもおかしくない年齢だ。しかし、他人には言われたくない一言だ。

 悲しい気持ちになりながら、帰りの車を運転していて、ふと思った。病院は、施設と違って母の日ごろの様子を知らせてくれたりしないだろう。面会もできないし、次に母親の様子を聞くのは……。

 と、そのとき、ボクの携帯電話が鳴った。病院からだ!嫌な汗が出た。「A医師に代わります」と言われ、ドキドキしながら待つと、「ああ、長作屋さん」とA先生の明るい声。母の様子を見に行って知らせてくれたのだ。「『A先生、よろしくお願いします』とはっきりおっしゃって、意識レベルはしっかりしていましたよ。ただ、水も食事もほとんど取れていないので、中心静脈栄養法を行うことになります」とA先生。栄養を入れて感染症が治まれば、元気になるに違いないと勇気が湧いた。A先生は「こういうご年齢だから、いつ何があってもおかしくないですよ」と話したが、「ターミナル」なんて言葉は使わなかった。

 90歳を超えて、癌の再発も疑われている母親。いつかは来る日だと分かっているけれど、それでも頑張ってほしいと願う日々だ。(長作屋)