イラスト:畠中 美幸

 A診療所は平日と土曜を診療日とし、木曜と土曜は午前のみとしている。院長は、木曜、土曜のいずれか1日は非常勤医のB医師に診療を委ね、自身はその時間を学会など外部の活動に充ててきた。

 ところが、このB医師に対し、看護や事務の職員たちから「B先生とは一緒に仕事をしたくない」という声が上がるようになった。まだ診療時間中なのに早々に仕事を切り上げようとするなど、やる気が感じられないのだという。

 患者からも「無愛想でやる気もなさそうで、嫌な気分になる」といった苦情がしばしば入っており、受付職員は、そうしたクレームを聞かされることのストレスも感じていた。院長はB医師の仕事ぶりをじっくり見たことはなかったが、B医師の診療日は患者数が通常の曜日よりも明らかに少なく、職員や患者が話している内容が事実であろうことは容易に想像できた。

 とはいえ、A診療所は地方の不便な場所にあり、非常勤といえども医師の確保が困難で、何とか知人にお願いをして紹介してもらった経緯がある。簡単に辞めてもらうわけにはいかず、ある程度は許容しなければならないと院長は考えた。一方で、患者から苦情が寄せられ、職員のモチベーションが下がっていることは看過できず、何らかの対応は必要だ。院長は悩んだ末、顧問の社会保険労務士に相談をしてみることにした。

医師への賃金の支払い方法を見直す

 診療所の多くは、1日に午前、午後それぞれ4時間程度の診療時間を設定している。平日の1日と土曜日は午前のみの診療とすることで、職員の労働時間が週40時間となるようにしているケースが多い。

 土曜日などの半日診療の日は、非常勤医師に診療を委ねている診療所も少なくない。だが、その非常勤医師の評判が芳しくないという声は、しばしば聞かれる。もともと非常勤医師の担当日は外来患者が少なくなりがちだが、それに勤務態度の問題が相まって、さらに患者が減ることもある。A診療所は、まさにそんな状況に陥っていた。

 A診療所の院長に対し社労士がアドバイスしたのは、「B医師に支払う賃金を変動制にしてはどうか」ということであった。

 A診療所に限らず、多くの診療所では、非常勤医師の賃金は「半日で5万円」といったように固定的な金額で支給されている。社労士は、この方式を変更し、患者数が増えると賃金が加算される仕組みを取り入れることをアドバイスした。

 もちろん、この変更によって支払う賃金が極端に下がってはいけない。そこで社労士は、これまでにお願いをしていた曜日の平均患者数を基に、「基準となる患者数」を設定し、その人数を達成すれば従来通りの賃金を支払い、患者数が増えれば増えるほど累進的に賃金を加算する方法を提案した。そうしたインセンティブがあれば、早々に診療を切り上げようとは思わなくなるだろうし、限られた時間でより多くの患者を診られるよう、テキパキと診療を進めるようになることが期待できるというわけだ。

 「基準となる患者数」を、これ以上減ることがないと思われる人数に設定すれば、賃金が下がることはまずない。事実上、これまでの給与が保証された上で、努力すればプラスアルファが得られる形であり、同意を得やすいものと思われた。

職員たちに手当を支給した理由

 一方で、B医師の「応対が無愛想」という問題については、賃金の支払い方法を変えたからといって、そう簡単に改善するものではない。この点について社労士からは、「周りの職員の協力を得て、カバーしてもらってはどうか」とのアドバイスがあった。患者満足度が下がらないよう、看護、事務の職員にこれまでと同様、患者への心配りをしてもらい、B医師が勤務する日は職員たちに手当を支払うことで、その労に報いるという内容だった。院長には、「本人に改善を求めても難しければ、周りのスタッフたちでカバーする」という発想はなかったが、現実的な対応だと考え、提案を受け入れることにした。

 その後、院長は「患者数が〇人~〇人の場合は加算が〇〇円」といったような賃金表を作成。これまでの患者数のデータを基にB医師に丁寧に説明した。同時に、患者から応対に関する苦情が届いていることを伝え、改善を求めるとともに、当面は周囲のスタッフにサポートしてもらう方針である旨も伝えた。状況をきちんと説明したことでB医師の納得が得られたため、早速運用を開始。効果は次第に表れ、患者からの苦情は少なくなり、B医師の勤務日の患者数も徐々に増えてきた。

 院長は、B医師を雇った際、「勤務日は〇曜日の午前、給与は○万円で」といった事務的な事柄しか伝えていなかったことを反省。院長として期待していることをしっかりと伝えなければならず、それは現在働いているすべての職員にも共通することであると思い至ったという。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。