イラスト:畠中 美幸

 A整形外科診療所は郊外にあり、職員はマイカーによって通勤している。ところが、理学療法士のB男が、プライベートでスピード違反などを重ね、交通違反により30日間の免許停止処分を受けた。

 自ら運転して通勤できなくなったB男は、今後どうやって通勤すべきか院長に相談をしたが、院長は返答に窮してしまった。そこで「今は立て込んでいるから、この件は後から」と濁した対応をし、即座に顧問の社会保険労務士に電話で相談をした。

「本人に考えてもらう」が基本

 都市部とは異なり、地方ではマイカーによって移動することが一般的であり、職員の通勤もマイカーが主流だ。家族内で1人1台所有しているケースも多く、なくてはならない生活の足となっている。そのため、今回の事例のように交通違反によって免許停止処分を受けると、たちまち移動の手段が奪われ、不便極まりない生活を余儀なくされることになる。

 院長から相談を受けた社会保険労務士からの返答は、「基本的に診療所が面倒をみるものではない」というものであった。本人が業務外で交通違反を犯して免許停止処分を受けるというのは、たとえ30日という限られた期間であったとしてもよほどのことであり、どうするかは院長が決めるのではなく、自分で考えてもらうべき性質の事柄となる。同僚に送迎してもらうというのは1つの対応策だが、いずれにせよ本人が同僚に依頼するなど任意で対処してもらう話であり、診療所が主導的に進める性質のものではない。

 運転をすることが主たる業務の運送業では、雇用しているドライバーが免許停止処分を受けた場合、会社が物流用の倉庫を有していれば、その期間は倉庫内で商品の検品などを行ってもらうことがある。運転以外の業務に就くことで、生活の基盤を安定させるわけだ。しかし、物流用倉庫を有していない小規模な運送業者の場合には、その期間は休職として扱ったり、単に欠勤としてのみ扱っているケースが少なくない。休職として扱ったところで、休職期間中は就業禁止をルール化していることが一般的であるため、仮に免許停止期間が60日間であれば約2カ月間収入が得られないことになる。結局、自ら退職して近隣でアルバイトなどをして生活を維持し、再び免許が有効となれば、別の運送会社に転職するといった流れになることが多い。

B男の免停期間の通勤手当は不支給に

 今回のB男のケースは、同居家族がいれば、家族の誰かに送迎してもらう方法もあるだろう。その場合、留意しておきたいのが通勤手当の扱いだ。B男からすれば、運転者が自分か家族かの違いだけだから、免許停止期間中も通勤手当をもらって当然、と考えるかもしれない。しかし、通勤手当は、あくまでも自らの足で通勤をしたことに対する実費弁償的なものである。代替手段として公共交通機関で通勤するのであれば、その額を支給すればよいが、同居家族のガソリン代を補助するような性質のものではない。こうしたケースでの支給に関し法的なルールはなく、事業者の判断にゆだねられる。不支給としたとしても問題はないと考えてよいだろう。

 また、同僚の誰かが毎日マイカーでB男をピックアップするということになれば、同僚の通勤距離が延びるので、免許停止期間中は、その分、同僚が多めに通勤手当をもらってもよいのではと考えるかもしれない。しかし、これもB男と同僚の間で話をつけるべきであり、勤務先が負担する性質のものではない。

 今回のケースで社会保険労務士は、院長に対し上記の内容のアドバイスを行い、院長はそれを踏まえて方針を検討。B男を呼び出して面談を実施し、「免許停止期間中の通勤手段をどうするかは、勤務先が考える問題ではなく、自分で考えること。家族や友だちなどに送ってもらうことになるかと思うが、通勤手当はその間は支給することはできない」と伝えた。B男は結局、交際している女性によって1カ月間送迎してもらうことになった。

 今回の事例は、仕事で車を運転しない職種のケースだが、訪問看護などに従事し、業務として運転する職種の場合には、前述の運送業のような対応が必要になる。万一免許停止となった場合、他に業務に従事してもらうのか、休職などの取り扱いとするのかといった点をあらかじめ決めておくことをお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。