イラスト:畠中 美幸

 ムードメーカーと言われるような職員がいる医療機関は少なくない。職場を盛り立ててくれるので、経営者としてはありがたい存在であることが多い。

 A診療所で勤務する事務職B子も、そんな職員の1人だ。快活な性格で、大きな声でよく笑う。ところが先日、高齢の女性患者Cさんから、B子に関する苦情が寄せられた。

 Cさんは、その日の最後に診察を受けた患者だった。会計を終えて帰ろうとしたところ、後ろから「何あれ、あははは」と大声での笑い声が聞こえてきた。自分のことを笑われたと思ったCさんは翌日、「怒り心頭で夜も眠れませんでした。何か笑われるようなことがあるのでしょうか」と院長に苦情を申し立てた。

 当日の状況から、大声で笑ったのはB子しか考えられず、早速院長はB子を呼び出して状況を確認した。B子は大声で笑ったことは認めたが、患者に対して笑ったのではなく、他の職員の行動を見て笑ったとのこと。同僚たちに話を聞いてみても、決して虚偽とも思えず、Cさんの誤解が生じているのではないかと思った。

 しかしながら、真正面から否定するような言い方をすれば、余計にこじれてしまいかねない。そこで院長は、Cさんに対し当時の状況を説明した上で、誤解を招くような行動から不快な思いをさせてしまったことを詫びた。

 この件はそれで落ち着いたのだが、院長は、B子の声が気になってきた。相変わらず業務時間中も大きな声で笑っており、今回の件を反省していないような気がした。とはいえ、「まだ反省していないのか」と言うのもはばかられ、どのように指導すべきか、社会保険労務士に相談してみることにした。

職場全体の課題として捉える

 社労士からは、誤解を招くような笑い方をするB子だけでなく、患者がいるにもかかわらず業務と関係ない話で盛り上がり、一緒になって笑っている他の職員たちにも問題があるとの話があった。お互いに注意をし合えていないことが問題であり、職場全体の課題として注意・指導すべきであるとアドバイスを受けた。

 社労士によれば、職員全体で服務規律について考える場を持った方がよいとのことだった。具体的な方法として、職場内でやってよいこと、いけないことを、患者がいる時間、いない時間のそれぞれについて職員に検討してもらうとよい、との提案があった。もっとも、職員たちが「なぜ、そんなことを考えないといけないのか」と疑問に思ったり不満を感じることも考えられるため、今回の苦情の経緯や教訓を院長がきちんと説明した上で行うことにした。

 検討作業は、大きな模造紙を広げ、各職員が4つの象限、つまり(1)患者がいる時間に行ってよいこと、(2)患者がいる時間にしてはならないこと、(3)患者がいない時間に行ってもよいこと、(4)患者がいない時間でもしてはならないこと──について、思いついたことを自由に書き込んでもらう形で進めた。

 院長は、職員がきちんと考えて書いてくれるのか疑心暗鬼だったが、ペンを持った職員たちは、「これは良くないよね」とか「あ、それ、私よくやってた。気をつけないとね」などといった会話をしながら次々に記載。30分もたつと、模造紙にびっしりと書かれたものが出来上がった。内容を見てみると、例えば「患者がいる時間帯は、声のトーンを下げて話をする」とか「休憩室以外の場所では(患者に見られているかもしれないので)親しい関係であってもなれなれしくしない」といったようなことが書かれていた。

 院長が、これを職員の休憩室に貼り、毎日、確認できるようにしたところ、効果てきめんで、特に患者がいる時間帯における職員の規律がかなり改善された。

「罰するための根拠」としてだけでなく…

 職場の服務規律については、一般的には、経営者や管理者が外部の社労士などのアドバイスを受けて就業規則において細かく定めることが少なくないが、その内容は「○○してはならない」といった禁止事項を一方的に決める形になりがちだ。職場内で何か問題があった際に、職員を罰するための根拠としてのみ活用されるというのが、よくあるパターンである。

 本来、服務規律は普段から参照すべきものだが、職員にそれを求めるのは現実的には難しいことが多い。その点、今回A診療所が行ったように、職員たちが自らの行動を振り返り、その結果として導き出した「ルール」であれば、頭に入りやすく、順守しようという気持ちにもなる。

 その後、A診療所では、苦情のきっかけとなったB子が、職場内で「○○さん、それNGですよ」と率先して声を上げるようになった。他の職員も「B子、それはダメ」などとお互いが注意をし合えるようになり、良好な雰囲気を維持しつつ、規律が全体的に改善されたという。

(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。

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