Illustration:ソリマチアキラ

 ボクが薬局を始めた1990年代半ばは、医薬分業が右肩上がりで、好立地を探して街中を歩き回り、薬局を作る日々だった。大規模病院が分業するという情報をいち早く入手し、いい場所を押さえる「場所取り合戦」が盛んな群雄割拠時代だ。今ではM&Aで店舗数を増やしているメガチェーン企業も、当時は自分たちで薬局を作っていた。合戦に敗れて3番手、4番手の場所に甘んじることも少なくなかった長作屋が、他薬局にないサービスを考え、差別化の可能性を探ってあれこれと取り組んでいたのもこの頃だ。

 そうこうするうちに大規模病院前が飽和状態となり、代わってビルを建てて医療機関を誘致する医療モールが増え始めた。医師にとっては他科と連携が取りやすく、患者にとっても便利、薬局は複数医療機関からの処方箋を受けられ、さらに当初は集中率の面でも魅力的だったのだ。

 「薬局はコンビニよりも数が多い」と揶揄(やゆ)されるようになったのは、いつ頃からだろうか。今や、特に都市部では店舗を増やす余地がなくなりつつある。生き残りには、既存店を吸収合併するか、在宅医療に取り組み1薬局当たりの売り上げを増やすか、しかない状況だ。

 ボクはM&Aにはそれほど熱心ではないが、在宅医療には10年以上前から力を入れてきた。しかし、在宅はやればやるほど現場が疲弊していく。新型コロナウイルス感染症患者の緊急対応もあり、特にここ数年、スタッフたちは業務に追われている。昔なら、残業代を稼ぐためにがむしゃらに働く人がいたが、今はプライべート重視主流で、少し忙しくなると残業がなくて有休が取りやすい会社へ人が流れていく。忙しくて人がやめる、やめるから現場が忙しくなる……。負のスパイラルまっしぐらだ。

 世界的なインフレが起こる中、日本中で賃金上昇の気運が高まっているのも厳しい。日本経済団体連合会(経団連)が、物価高を踏まえて加盟企業にベースアップを中心とした賃金引き上げに取り組むよう呼び掛けたとか、誰もが知る企業が年収の引き上げを発表したといったニュースを見るたび、ボクの気持ちは落ち着かなくなる。今のところ目立った動きは聞こえてこないが、大手チェーン薬局が年収の引き上げをいつ発表するとも限らない。そうなれば、今でも優秀な人材が大手チェーンに流れているというのに、さらにその傾向に拍車がかかることになるだろう。

 我が社も賃上げを!一生懸命働いてくれている社員たちのために、ぜひそう思うものの、これがなかなか厳しい。一時金の給付はできなくはない(現に毎年のように行っている)。しかし、基本給を一定額(または率)を引き上げる「ベースアップ」は、とても無理だ。例えば、1万円のベースアップでは、ボーナス(月給の4カ月分とすると)を含めると1人当たり年間16万円、社員100人なら1600万円の人件費増となり、10年間では1億6000万円の差に。社員数分を掛け算したら、めまいがしてきた。

 人件費のアップを販売価格に転嫁できる業種ならともかく、今は調剤報酬改定のたびに利益率が下がっているような状況だ。2024年度の調剤報酬改定は、インフレや賃金上昇に対応したものになることを切に願う。

 頼むぜ、M.M先生!(長作屋)