Illustration:ソリマチアキラ

 外資系製薬会社のプロパー(MR)だったボクが薬局を始めたのは、今から30年ほど前になる。当時、分業ラッシュの真っただ中で、プロパーや卸の営業マン(MS)で目ざとい連中は、薬剤師免許の有無に関わらず、担当する病院やクリニックの前に薬局を作った。

 A社やN社のようにメガチェーンへと成長した会社もあるが、ボクの薬局のように、そこそこの規模で地域で頑張る薬局もあった。中には、積極的に新たな取り組みに挑戦する薬局もあり、日本薬剤師会の学術大会などで発表しては、日経ドラッグインフォメーションなどのメディアに取り上げられ、「地域でいいことをやっている会社」というイメージができていた。今では、誰もが知るテレフォンフォローアップも、そんな薬局の取り組みの1つだ。

 しかし、10年ほど前からM&Aが活発になり、「地域で頑張る薬局」が徐々に減ってきた。日本の調剤薬局の先駆けと言われたあのM薬局でさえ早々に、少し前には日薬理事が社長を務める薬局も、最近では健康サポート事業に力を入れていたY薬局も、大手資本の傘下に入った。他にも、医療行政に関する勉強会を定期的に行って、薬局のあるべき姿を熱く語り合った仲間の薬局も、一緒に国際薬剤師・薬学連合(FIP)に参加した薬局も……。

 吸収・合併については、何の前触れもなくいきなりニュースで耳にすることがほとんどだ。関西のある中規模チェーン薬局がドラッグストアの傘下に入った時もそうだった。後日、その社長と話す機会があり、「決断するのはとても苦しかった」と聞いた。「今のまま、会社を継続させるより、より大きな会社になることで、社員は必ず幸せになれると、自分自身に何度も言い聞かせた」とも言う。「思った」のではなく「言い聞かせた」という言葉が印象的だった。

 では、経営者が自分の会社を売ろうと考えるのは、どういう時か。他業界であれば、経営的に行き詰まり、にっちもさっちも行かなくなって売却、というのはあるだろう(ただし、そんな状況で売り抜けられるのはよほど運がいい会社だけだと思うが)。しかし薬局では、そうしたケースはあまり多くない。店舗が複数あれば、利益率のいい店舗だけを残して、他店を閉めれば生き残る道はあるからだ。にもかかわらず、手放そうと考えるのは、なぜか。おそらく「限界」を感じるからではないだろうか。

 多くはボクと同じ頃に会社を興し、30年近く薬局経営に携わってきたベテラン社長たちだ。それが、ここ10年ほどは、あまりにも変化が激しく、今までやってきたことが通用しなくなっている。時代に合わせて変化していく必要があるのは分かっていても、自分のやり方や自分自身に限界を感じる時があるのだ。

 ある経営者が「経営陣が少しでも気を許すと地域支援体制加算や薬学管理料などが算定できなくなり、途端に赤字になる」と話していた。それだけ薬局が厳しいということだ。そんな張り詰めた日々で、一緒に頑張ってきた薬局が大手の傘下に入ると聞くと、衝撃を覚えつつも、「今なら売り逃げられる」と思ってしまうのは、他人事ではない。

 幸いにして、ボクの会社には後を継がせたいと思う若い人たちが複数人いる。期待できる後継者がいれば踏ん張れる。経営者はそんなものだと、ボクは思う。(長作屋)