トラブルの経緯

 知人などの話を聞くと、最近、診療所の求人に大卒などの高学歴者が事務職として応募してくるケースが増えているようだ。

 大学を卒業して企業に入職したものの退職したり、いったん家庭に入った人が、就職先の候補として医療機関を選んでいるのだという。医療機関はどうしても有資格者や経験者が優遇されやすい。そうした現実を理解してもらえないと、トラブルの原因にもなり得る。

 当院でも開業から間もないころ、一般公募で求職してきた大卒の事務職員を雇ったことがあった。元公務員で、結婚のため役所を退職。ご主人も公務員であり、「扶養控除の範囲内で働きたい」とのことだった。

 当時はまだ、当院のような小規模な診療所に大卒者が応募してくることはほとんどない時代。「こんな学歴、職歴の人が、うちのようなところで働いて満足してくれるのだろうか、他のスタッフとうまくやっていけるだろうか」という不安はあったものの、院長ほか面接に当たった男性陣は、はきはきとした受け答えがいたく気に入ったようで、すぐに採用を決めた。

「どうして私の勤務が少ないのか」
 才色兼備とはよくいったもので、彼女もそういう人材だった。しかし、元公務員で有名大卒のキャリアの彼女にとって、いろいろ物足りない部分は多かったようだ。同僚の事務スタッフには、高卒で無資格だが医療機関での勤務経験が長いスタッフがいた。そのスタッフや、専門学校卒の看護師、准看護師に比べ、自分の処遇は納得できないという思いが膨らんだらしい。

 次第に「私はいくらでも働けるのにどうして勤務が少ないのか、任せてもらえないのか」「自分の力を発揮してもっと働き、給与所得も増やしたい」とかみ付いてくるようになった。

 しかし、彼女は「扶養の範囲内」での勤務を希望している。「扶養の範囲内で働くとなると、収入に上限があります」と何度も説明するのだが、なかなか納得してもらえない。てきぱきと患者応対をしてくれる彼女は、時給を上げるのにふさわしい働きをしていたが、年間所得を「扶養の範囲内」に収めるのであれば、時給を上げると勤務時間を減らさねばならない。勤務時間を減らしたくないのであれば、時給を上げるわけにはいかない。そのことをいくら話してもピンとこないようだった。

 さらに、「引っ越してきたばかりで、友人や知人もいないから」と、定められた時間でタイムカードを押した後も、休憩室で他のスタッフの業務が終わるのを待っていた。そこから井戸端会議とお茶のみをするというわけだ。やがて休診日には自分のアパートに同僚を呼んで、院長や私に対する不満を口にするようになった。

 「ここは仲良しクラブではありません。勤務が終わったらだらだらと残らないこと」。そんなことすら口にしなければならない医院となってしまった。